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【動画あり】橿原・日高山瓦窯に新たな窯跡 異なる構造の窯を併用

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丘陵北側で確認された平窯(手前)と2基の窖窯(奥)=29日、橿原市上飛騨町の日高山瓦窯

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 日本初の瓦ぶき宮殿、藤原宮(694〜710年、奈良県橿原市)に供給する瓦を焼いていたとされる、同市上飛騨町の日高山瓦窯で、新たに見つかった3基を含む6基の窯跡が確認され、奈良文化財研究所(奈文研)が29日、発表した。窖窯(あながま)と平窯という異なった構造の窯を併用。奈文研は、宮の造営初期(7世紀後半ごろ)の大規模な瓦の生産体制や操業を知る上で重要な成果だとしている。

 

 調査地は藤原宮南門(朱雀門)から南へ約300メートル。現在は児童公園となっている丘陵北端にあり、奈良盆地内外に複数ある同宮の瓦窯の中で最も宮に近い。680年代ごろから宮の外周の塀の屋根などで用いる瓦を生産していたとされる。

 

 今回確認された6基のうち、丘陵北側の平窯は県教育委員会が1960(昭和35)年に調査。焼くための瓦を置く焼成部が平坦状の平窯で、「日乾(ひぼし)レンガ」を積み上げて側壁を構築。日本での日乾レンガを用いた平窯の瓦窯は日高山が最古例とされ、類似例が中国にあることから技術の導入が考えられるという。

 

 また、奈文研は1978(同53)年、丘陵西側に焼成部が階段状の窖窯と、北側のものと同じような構造の平窯を検出していた。

 

 瓦窯の詳細な範囲や構造、これまでの調査の検証を目的に、2021年から学術調査を実施。磁気やレーダー探査などで複数の窯が存在する可能性があるとし、今年5月から約200平方メートルを発掘調査している。

 

 新たに見つかった窯跡3基は、北側の平窯を挟んで東に2基の窖窯と、西に構造不明の1基が並ぶように配置。窖窯は検出長1.5〜2.9メートル、最大幅1.8〜2.5メートルで、焚口や火を起こす燃焼部、焼成部を検出。一つは燃焼部と焼成部の側壁の一部に日乾レンガを積み上げ、平窯の要素を取り入れた構造も見られた。いずれも灰や不良品などを捨てる灰原に複数回焼いたとされる堆積層が北に広がる。

 

 奈文研の道上祥武研究員は「日本における造瓦技術の導入、藤原宮以降の変遷を考える上で貴重な成果。この調査区の東側にも瓦窯の存在を示唆する反応が探査で得られている。さらに数が増える可能性が高い」と話している。

 

 現地見学会は7月1日の午前11時〜午後3時。奈文研の研究員が随時説明を行う。小雨決行。駐車場はない。また藤原宮跡資料室では同日から当面の間、ロビー展示「日高山瓦窯の瓦」を開催する。入館無料。午前9時から午後4時半開館。無休。

 

 問い合わせは、同資料室、電話0744(24)1122。

 

 

造営初期から本格的な造瓦体制準備

 

 木立雅朗・立命館大学教授(窯業考古学)の話 藤原宮の造営時期は短かかったため確認された窯が同時に存在した可能性が高く、造営初期から本格的な造瓦体制を準備しようとしていたことが分かる。奈良や平安時代にかけて国家の造瓦組織が整備されていく始まりの段階。組織が揺れ動いていた時期とも考えられ、(日高山瓦窯での造瓦が)長く続かなかった原因などが遺物の整理や研究で明らかになることに期待している。

 

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