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イスラエルと奈良県宇陀市 無期延期となった友好イベント - 大和酒蔵風物誌・第4回「神仏習合の酒」「raden」(芳村酒造)by侘助(その2)

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イスラエルと宇陀市を結ぶ縁 友好イベント開催のはずが…

 実のところ、この日、芳村酒造を訪ねる前に、松山城跡に登って景色を楽しんだ後、松山地区の美しい街並みを探索していた。それを題材にまた何か書こうと思ってのことである。事前にそれなりのネタは考えてあって、突っ込んで書けばそれはそれで面白い文になるだろうとも思っていたが、あることがきっかけで取材対象を急遽変更した。そのあることとは、ハマスによるイスラエル攻撃である。宇陀の名所選びとイスラエル問題を結びつけるのにはいささか唐突感があるが、実は、宇陀市とイスラエルとはある彫刻家を介して深い縁で結ばれている。芳村酒造は旧行政区でいえば大宇陀町にあって、今は同じ宇陀市となったその隣の室生村に、最近若いひとたちのあいだでインスタ映えすると話題の室生山上公園がある。この公園の設計者が世界的な彫刻家であるダニ・カラヴァン(1930-2021)で、この方がイスラエルの人だ。

 

松山城西口門

 

 この秋、この公園でイスラエルと日本の文化交流イベントが開催されるはずだった。数年前にイスラエル大使館の方が奈良新聞を訪れて、イスラエルと日本の国交70周年を記念して、カラヴァンのこの公園でイベントをやりたいとお話されたのが始まりだった。大使館主催で以前にもここでコンサートをやったことがあったというが、ほとんど知られていない。それなら、せっかくの70周年なのだから、一緒にやってもっと広く知らしめましょうと、こちらから提案した。地元宇陀市と奈良県にもお声がけしたら、金剛一智市長からも荒井正吾知事(当時)からも快諾を得て、イスラエル大使館と四者で実行委員会を組んだ。

 

室生山上公園の一部


 奈良新聞にとって、レアケースとなる国際交流イベントをつくりあげる過程は容易ではなく、イスラエル本国の政権交代によって一時ペンディングになったり、イスラエルという国の特殊事情からくる困難により、イベントを統括した東京支社長は相当苦労した。それでも、宇陀市や奈良県の担当の皆さんからの手厚い支援もあって、カラヴァンの残したあの美しい公園で、イスラエルの音楽や食を体験したり、日本文化とのコラボレートパフォーマンスを上演したりなど、盛りだくさんのプログラムを用意できた。多くの人びとがそこに集ってイスラエルの生の文化を体験できる希少な機会を、いよいよ演出できる。そこに辿り着くまで2年あまり。そして、あとは開催当日を待つだけとなったその2週間前、それは起こった。

 

 

 

戦闘の激化 友好イベントは無期延期に

 地球のはるか彼方にいる我々にも、ハマスがイスラエルの街を攻撃し、罪のない人びとを襲い拉致する映像を通して、その悲惨な事件は伝わった。イスラエルを巡る情勢は近年比較的安定していたかにみえただけに、それは世界をよけい震撼させた。地方紙という性質上、通常、この手の世界情勢に我々の仕事が直接影響を受けるのは稀である。いつもなら映像を通じて流される殺戮行為に憤慨して、何とかならないものかと思いながらも、なす術をもたない己の非力を痛感するばかりで、それ以上のことにはならない。ところが今回は違った。何か嫌な予感がした。


 初めのうちは、それでも、ハマスの残虐行為に焦点が当てられて、世論はイスラエルに同情的だったので、イベントは予定通り開催という流れで進んでいた。ただひとつ、そんな状況なので、会場となる山上公園から平和を願うというメッセージを掲げようという案が追加された。生前から平和を希求し続けたカラヴァンの思いをバックボーンに、それはさらに説得力をもつであろうとも思われた。ところが、ネタニヤフ首相が「ハマスを殲滅する」と宣言してガザ地区への地上作戦に言及するようになって、潮目が変わった。圧倒的な軍事力をもつイスラエルがガザに侵攻すれば、多くの罪のない一般のひとびとが犠牲になるのは目にみえている。そうなれば、今度はイスラエル軍がパレスチナの人びとを虐げる映像が次々と流されて、非難の矛先はイスラエルに向かってくるだろう。そのことは容易に想像できたし、現にそうなっている。


 すぐにもその地上作戦が始まるとされたのが、ちょうどイベントの始まる週の頭だった。週末の開催を控え、メディアでは明日にも侵攻が始まるというニュースが報じられていた。まだ現実には起きていないが、かりに明日作戦が実行されて事態がさらに悪化することになれば、はたしてこのイベントは成立し得るか。文化交流という本来の目的が政治的なバイアスにかき消されてしまうことにならないか。そうなったときいったい誰がこのイベントを心から楽しむことができるのか。事態に暗雲が垂れこめてくるにつれて、何とか開催までこぎつけようとしていた実行委員会の空気は、しぼんでいった。

 

 そんな中、イスラエル大使館にとっては、諸々の困難な状況を克服して開催まで運んできたイベントだけに、中止という選択は簡単ではなかった。事態を受けて本国からPR関係行事の自粛を言い渡されていたにもかかわらず、それに齟齬をきたさない開催方法がないか必死で探っていた。かれらはそれほどにこの友好イベントを楽しみにしていた。だが現実はその熱い思いを踏みにじる。ネタニヤフ首相の口調は日増しに強くなっていき、イスラエル国内にそれを抑える世論が生まれそうな気配もない。イベントが始まる前日の朝、実行委員会の総意として、ついに、開催の無期延期が決定した。

 

山上公園の一部(画面中央がイベントステージになる予定だった)

 

 

聖地「室生寺」と対をなすアート空間

 芳村酒造を訪ねたのは、そんなことがあって1週間ほどしてからのことで、そのときはまだそのダメージの残滓を気持ちから払拭しきれていない状態だった。宇陀に向かう道中ではまだ松山地区について書く心づもりをしていたものの、いせ弥を後にして帰る道すがら、改めてこの山上公園が同じ宇陀市にあったことを想い出した。そして、こんなときにたまたま連載で宇陀の酒蔵を選んだのも何かの巡り合わせにちがいないと、今回の訪問地をカラヴァンが残したあの公園に変更することにした。大宇陀から室生までは車で30分ほどなので、その足で行けないこともなかったが、すでに時は夕刻で、これから行っても閉園しているかもしれない。だから、その日はそのまま帰って、山上公園へは日を改めて訪れることにした。


 どうせなら休みを利用して公園をゆっくり回ってみたいという思いがあった。この公園には、2006年の竣工時に一度仕事で訪れたことあった。しかも、「むろうアートアルカディア計画」のシンボリックな事業として、その構想が発表された室生寺での国際フォーラム(2000年)にも立ち会っていた。当時、公共事業とアートを融合して村づくりを進めるというこの計画はとても斬新で、国土庁の支援を得た室生村の奥本昇村長(当時)は、これを村政の目玉に据えていた。その一貫として、山上公園は地滑り対策事業の跡地を利用して建設された。ふつうならむき出しの砂防ダムが連なる殺風景な跡地にアートを導入し、人びとが集い憩うことのできる新しい空間をつくるというコンセプトである。事業の趣旨を熱心に語る奥本村長に共感し、筆者もこの件については積極的な興味を抱いていた。

 

 ただ、どちらかというと、そのコンセプトに引かれていたというのが実情で、アートそのものについてはさほど関心をもってはいなかった。だから、公園が完成してその全体像を前にしても、山のなかに変なオブジェがあるなくらいの感覚しか抱かなかった。むしろ、こんな山奥につくってひとが来るのだろうかと懐疑的な見方さえしていた。生来芸術に反応する感性が鈍いのと、仕事で訪れているというその状況のなさしめたところである。そんなふうだったから、時間や仕事の制約がなければ、あるいは違った見方ができるかもしれないと思った次第である。

 

紅葉の始まりかけた室生寺

 

 せっかくなので高校1年になる双子の娘たちに、インスタ映えするらしいで、といって誘ったら「行く」というので、公園だけでなく、室生寺や磨崖仏も見学することにした。最初に、大野寺前からかなりすり減ってみえにくくなった磨崖仏を観て、その後、紅葉の始まった室生寺の美しい仏さんたちと見事な建築物をゆっくりと時間をかけて堪能した。それから、室生寺とは室生川をはさんで対岸にある山道を登って公園に到着。「山上」という名前がそのままの山の上だ。公園の前に室生寺に寄ったのは正解だった。というのも、カラヴァンがこの公園を室生寺との対比で考えていることがよくわかったからだ。

 

 つまり、お寺と公園は、川をはさんだ山の上に立地していて、向かい合っている。「千年以上にわたり聖地として、人々の拠り所となってきた室生寺と一体となり、室生の文化遺産として後々まで残るような空間、ここでしかできない特別な空間づくりに貢献できればと思った」と語るように、かれは公園をそのなかだけでなく、もっと広いエリア、室生寺を中心としたこの地域の風土のなかで構想している。娘たちが一緒なので室生寺にも行ったが、もし独りだったら何回も訪れたことのあるお寺は飛ばして、公園だけを訪ねていたところだ。それではカラヴァンのこの構想は実感できなかったにちがいない。(その3に続く)

 

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