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コロナ禍を超え、専門店を唸らせる美酒は天理にあり - 大和酒蔵風物誌・第3回「稲乃花 瑠璃」(稲田酒造)by侘助(その1)

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天理駅前「コフフン」から天理本通り商店街を抜けて

 奈良県天理市の天理駅を降りると、駅前ロータリーの南側に少し風変りな巨大オブジェがみえてくる。白を貴重としたこの構造物は、「コフフン」と呼ばれ、駅前のスペースを天理市民憩いの広場とするために、天理市がデザイナーの佐藤オオキ氏に依頼して整備した。機能としては野外ステージであったり、巨大遊具であったり、建物のなかにはカフェやロードバイク専門店などがある。市内に数多く残る古墳をモチーフにしたそのデザインは、モダンでありながらどことなくユーモラスで、その親しみやすさから多くの市民で賑わっている。かくいう筆者も、隣町に住んでいる縁から、双子のチビたちがまだ小さい頃にここへ遊びに連れてきたものだ。

 

コフフン広場コフフン広場


 県内のほとんどの街が老いていくなかで、天理市は比較的若者の姿をみることが多い。それは、ひとつには大学を抱えていることが大きいし、また天理教の信者として、たとえばおぢばがえりのように、全国から若い層も含めた信者が集まってくるせいでもある。この街を訪れておおぜいの若者たちの姿を見るにつけ、天理に来たなと改めて実感する。


 そのコフフンの向こう側に天理本通り商店街の入り口がある。駅から天理教教会本部に通じる本通りはこの街の目抜き通りで、1キロ程のあいだに約180の店が居並ぶ。いたるところで商店街の衰退が叫ばれる時代に、その波にさらされながらも、この商店街には魅力的な店がまだまだ頑張っていて、筆者も、仕事関係や友人、家族といくつかのお店によくお世話になっている。わざわざ天理に出かけるに値するだけのお店たちだ。規模は小さいけれど良い店はある。要は世間が知らないだけだ。

 

天理本通り商店街入り口

 

 

稲田酒造「稲乃花 瑠璃」との出会い

 今回お訪ねした稲田酒造は、この商店街の東の端のほう、つまり教会本部に近いところにある。初代の家が天理教教祖の近所にあって、その草創期に仲間内で誰か酒をつくる者はいないかとなって、手を挙げたのが蔵の始まりだという。だから、140年あまりの蔵の歴史はそのまま天理教の歩みと重なっている。近代的な佇まいをみせる商店街の街並みのなかで唯一歴史を感じさせる店構えは、ここだけがはるか昔からタイムスリップしてきたかのような錯覚を誘う。とはいえ、扱う商品はあくまでお酒。地元ではその主力商品の名前から「稲天」さんと親しまれている。

 

本通りに面した稲田酒造


 連載初回に取り上げた「呑鶴」を奈良の地酒専門店「なら泉勇齋」さんで分けてもらった話は書いたが、そのとき店員さんが「これはまた珍しいものを」と反応してくれたので、ちょうどいいと思って、これから奈良の地酒について書いていく旨を説明したうえで、何かお薦めはないかと尋ねてみたら、まず挙げてくれたのが稲田酒造のお酒だった。きれいな瑠璃色の瓶にオシャレな墨絵のラベルが際立った一本を手にして、店員さんは「これはイチオシですよ。天理の福住で採れた米を使っていて旨いこと間違いなし。」と推してくれた。それが「稲乃花 瑠璃」だった。ならば一本と分けて頂いて、早速家で呑んでみた。精米歩合が50%なので純米大吟醸の部類に入るが、たんにフルーティですっきりしているだけでなく、グッと呑み応えのあるお酒で、店員さんが薦めるのももっともだと思った。旨いお酒の御多分に漏れず、これまた4合瓶を一気に飲み干してしまった。ホントにこんなことを続けているといつか身体を壊す。旨い酒に罪があるとすればそれをおいてほかにない。いやいや、酒に罪はない。悪いのは呑み過ぎを自制できない人間のほうだ。わかっている。

 

稲乃花 瑠璃

 

 

稲田酒造を訪ねて 五代目蔵元に聞く

 というわけで、天理ならば隣町でもあるし、一度蔵を訪ねてみることにした。迎えて下さったのは稲田光守さん。5年前に五代目を継いだ若き蔵元だ。稲田酒造もまた、多くの奈良の酒蔵と同様、長年大手の酒造メーカーに酒を桶ごと買い取ってもらう桶売りに携わっていた。他と違うのは、天理教の教会本部に通じる本通りに店を構えていることで、参拝者がお供えやお土産用に買っていく店売り収入があったこと。これが蔵の売上の多くを占めていた。それから地元の飲食店。現在でもホームページを開くと、稲田のお酒の呑めるお店として天理市内の飲食店が紹介されている。その意味では、天理という土地ときわめて密接な結びつきをもった蔵だといっていい。

 

五代目蔵元の稲田光守さん


 ところが、4年前世界を襲ったコロナ禍は、この酒蔵にも嵐をもたらすことになる。桶売りははるか以前にあてにできなくなっていたし、コロナにより人足が途絶えてしまったことによって、店売りも飲食店からの注文も急減する。五代目はいう。「コロナ禍になって蔵の売上が前年比で85%ダウンしました。そして通常の1年分の在庫を抱えることに。事業承継してすぐのことだったので、ずいぶん悩みました。あのときの選択肢はふたつしかありませんでした。蔵の稼働をいっさいストップして災厄が通り過ぎるのをじっと待つか、それとも何か新しい活路をみつけて前に進むか。出した答えは後者でした」。


 「進む道を選んだ背景のひとつには、天理本通り商店街特有の天理教頼みの経営からの思考転換がありました。コロナがあろうがなかろうが、商店街自体の魅力不足もあって、本通りの往来は年々減っています。何か別の糸口をみつける必要を前から感じていました。もしうまい解決策がみつけられたら、その結果として天理教さんとの新しい関係も可能になるでしょう。コロナ禍はその現実をいやおうなく自分に突きつけてきました」。


 また、酒造りについての迷いもあった。令和元年に蔵元杜氏として「全国新酒鑑評会」で金賞を獲った。本来なら誇るべき栄誉のはずだったが、本人としてはどこか満足いかない部分が残った。賞が単なる技術の優劣をつける手段にすぎないと映った。自分の作る酒は本当に良い酒なのか。賞が獲れたからといってそれが良い酒とは限らないのではないか。「つきつめて考えれば考えるほど、酒造りがわからなくなってきました。賞を獲ったらなおさらわからなくなった。誰が造っても酒にはなる。技術力が高ければそれなりの酒が出来る。でも、それが自分のなかの良い酒とは一致しませんでした。だから金賞を獲ってからは応募するのもやめました。あまり意味がないかと。実は今でも酒造りって何かわかっていません」。

 

酒造りに携わる五代目蔵元

 

 

コロナ禍を越えて

 五代目がそんな迷路のような悩みに苦しむなか、コロナ禍が訪れる。「結局、あの災厄のなかで進むしかないという状況に追い込まれたことが、自分の背中を押してくれたことになりましたね。うちの蔵は「稲天」に長年支えられてきましたし、これが主力ブランドであることはこれからも変わりませんが、これだけをやっていては駄目だと思ったのです。一度「稲天」から離れて、まったく新しい酒造りに挑戦することが、この苦境から脱する唯一の手段だと確信しました」。

 

仕込みの風景


 コロナがきっかけとなって、蔵に新しい杜氏を入れた。自ら杜氏として酒造りをしていた五代目は、交代のねらいをこう話す。「まず大衆酒としての日本酒の負のイメージを払拭したかった。「稲天」はまさに大衆酒として多くのお客様に支持されてきましたが、日本酒というと一般に二日酔いがきついとか、カロリーが高いとか他のお酒に比べてどうしても敬遠されがちになります。確かにそういう側面があるのは否定しませんが、日本酒にはそれだけにとどまらない、もっと深い魅力があります。大衆酒というよりもマニアックな酒といったらいいのか、お酒の専門店が好んで扱うような酒造りに挑戦したかった。それが「稲天」のイメージから脱却する近道だと思ったのです」。

 

蔵の風景


 「稲乃花」はこの方向転換がもたらした最初の酒だという。新しい杜氏の下、専門店を唸らせるような酒づくりをとの蔵の意思から結実した作品である。「一般によく好まれる華やかな香りだとか、上品な味わいをねらうのではなく、米の旨味がじわじわと感じられる日本酒本来の魅力の追求にこだわりました。どちらかといえば地味なお酒ですが、自分にとってはそうやってじわじわと味わうのが日本酒の醍醐味かと。「稲乃花」として最初は14種類をつくりましたが、試行錯誤を重ねて現在はそのうちでも評判のいい5種類が定番となっています。「瑠璃」はそのなかのひとつです。ラベルの墨絵は墨アーティストのイマタニタカコ氏によるものです。この方は日本酒が大好きで、「稲乃花」全種類をすべて呑んで、そこから得た印象をラベルの墨絵で表現してくださいました。「瑠璃」の丸い絵はこの酒のもつまろやかさを表現されたようです」。

 

稲の花 瑠璃(左)と萌黄(右)


 努力の甲斐あって、今では県内で九つの専門店が蔵の商品を扱っているという。他ならぬ筆者も、そのうちのひとつで「瑠璃」と出会えた。蔵は、「稲天」とは別の新しい分野を、幸か不幸かコロナのおかげで開拓できた。世の中の動揺も少しずつ収まって、天理本通りにも人の往来が戻ってきつつあるが、まだコロナ禍前の水準には戻っていない。それでも五代目は将来を悲観していない。「コロナ前と後では蔵の業態は変わりましたので、前の状態の復活を望む気持ちはありません。かといって、商圏をこれまで以上に広げることも考えていません。酒造りには地元産の米と水を使いますし、天理教さんをはじめ地元あっての稲田酒造ですから。ただ、マニアックなお酒を介して、新しいお客さんにもうちの蔵のお酒の魅力に触れて頂ければと思います。お酒の向こうに地元がみえる、そんな酒造りを今後もぶれずに追求し続けたいと思っています」。

 

瑠璃のラベル


 「瑠璃」は専門店でしか販売していないということらしく、後で送って頂くことにして、せっかくだから出来立てほやほやの「稲天 秋あがり」と五代目お薦めの「結」を分けて頂いた。「おまけです。」といって五代目が蔵オリジナルの酒粕飴を下さった。これも美味しそう。当分稲天三昧になりそうだ。お忙しいなかお時間を割いて頂いた稲田氏に御礼をいって蔵を出た。(その2へ続く)

 

 

読者プレゼント「稲乃花 瑠璃」を抽選で3名様に

 今回紹介するお酒「稲乃花 瑠璃」を奈良新聞デジタル読者にプレゼントします。ご希望の方は下記のURLからご応募ください。奈良新聞デジタル(有料会員)読者の中から抽選で計3名の方に賞品をお届けします。締め切りは2023年10月25日。当選は発送をもってかえさせていただきます。

https://www.nara-np.co.jp/special_present/

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