金曜時評

本物の言葉に期待 - 論説委員 北岡 和之

 間もなく幕を閉じる「平成」の時代で最後の統一地方選挙は、県内では既に選挙戦に突入している知事選に続き、きょう29日に県議選(16選挙区、定数43)が告示される。二つの選挙はともに4月7日に投開票。この後に続く後半戦は、市長・市議選が4月14日告示、町村長・町村議選は同16日告示で、ともに同21日に投開票となる。

 展望と内実を問われて久しい「地方の時代」にあって、今回の統一地方選も地方の自立・自律について考え、取り組みの実績を積み上げていくための大切な選挙だ。ところが、どうにも盛り上がりに欠けるように見えて仕方がない。政治や選挙に対する関心が低くなっているとは、よく指摘されるところ。だが、たとえそうであるにしても、なぜそうなっているかの説得力のある理由説明は必要だ。その点について、新聞発行の一端に携わっている一人として、責任とふがいなさを感じ続けている。

 国民・県民は政治や選挙より、政府が4月1日に公表する予定の新元号への関心の方が高そうだ。また、新たな時代へと向かうことになる皇室・皇族について、さまざまに思い浮かべているかもしれない。

 残念ながら県勢は出場しないが、甲子園球場で繰り広げられている選抜高校野球大会の連日の熱戦にくぎ付けになっているのかもしれない。進学や就職などによる引っ越しで追われているのかもしれない。これまでもいろいろなところで引用していて恐縮だが、埴谷雄高さんの「政治の幅はつねに生活の幅より狭い」(「幻視のなかの政治」)という言葉が思い起こされる。

 加えて、開会中の今国会における論戦も気にかかる。新年度予算が成立し、各党ともあとは統一地方選と夏の参院選(衆参ダブル選挙も視野)へと走り出すという指摘さえあるのだ。もしそうなら、政治家がますます政治の幅を狭くしていくことになりはしないか。これまでの論戦が国民・県民の政治意識に何らかの波紋を広げていると信じたいが、なかなかしっかりした確信が持てないままで来ている感じなのだ。

 国の政治の言葉が求心力を持てないでいる根っこの責任は与野党の国会議員にあるのかもしれない。一方で国民・県民は新しい政治の言葉を求めている。「これは違う」「こんなものじゃない」「何も響いてこない」などといら立ちながら待望している。これに応えて、「地方から政治を変える」ことを実現可能にする本物の政治の言葉が必ず生まれてくると信じているのだが。

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