歴史文化

興福寺伽藍に刻まれた藤原氏の歴史 京大・吉川教授が解説 王寺で歴史リレー講座

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「興福寺と藤原氏」とのテーマで講演する吉川教授=21日、王寺町久度2の同町地域交流センター「リーベルホール」

 毎月さまざまなテーマで大和の歴史文化を伝える第104回歴史リレー講座「大和の古都はじめ」(奈良県王寺町観光協会主催)が21日、王寺町久度2丁目の同町地域交流センター「リーベルホール」であり、京都大学大学院文学研究科の吉川真司教授が「興福寺と藤原氏」とのテーマで講演。町民ら約150人が、古代から近代までの興福寺の伽藍(がらん)や、興福寺領荘園に刻まれた歴史などついて耳を傾けた。

 

 同寺は710年の平城京遷都の際に、藤原氏の祖である藤原鎌足の子、藤原不比等が飛鳥にあった厩坂寺(うまさかでら)を移築して興福寺と改名。厩坂寺の前身は鎌足の病気平癒を願って建立された山階寺(やましなでら、京都市)で興福寺の起源とされている。

 

 吉川教授は、興福寺の立地について平城京の左京の一部分である外京にあり、平城京内で最も高い場所にあると説明。現存する伽藍については火災が多かったために、奈良時代の建物はなく主に鎌倉・室町時代のものが多いとした。復興に当たっては「創建時と同じ場所に同じ形を建てることをポリシーとした」と述べた。

 

 また、興福寺領荘園の歴史については、平安時代の興福寺領荘園リストを解説しながら、「山階寺があった場所はJR山科駅南西地区で、厩坂寺があった所は久米寺(橿原市)ではないか」と指摘。「興福寺の荘園には藤原氏の歴史が刻まれている」と話した。

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