考古学
弥生前期の石加工場か - 割ったり削ったり・・・流紋岩200個 「暮らし」探る貴重な成果/橿原の慈明寺遺跡
県立橿原考古学研究所(橿考研)は9日、橿原市四条町の慈明寺遺跡で、10~20センチの大きさの流紋岩が多数集積した弥生時代前期(紀元前5世紀ごろ)の土坑が見つかったと発表した。現場から南方約500メートルの畝傍山は流紋岩の産地として知られ、山で採取した岩石をこの場所で一定の大きさに加工した可能性もあり、当時のこの地域の暮らしを知る上で貴重な成果になる。
県立医科大学の新キャンパス整備に伴う調査。同遺跡ではこれまで、縄文から古墳時代にかけての遺物が見つかっている。
土坑は2か所で検出され、長さ約2~2・9メートル、幅約1・5~1・7メートル、深さ約40~60センチの楕円(だえん)形。土抗からは粗く割ったり、薄くしたりした計約200個の流紋岩が、弥生時代前期のものとみられる土器などとともに出土した。
流紋岩は同時期の石包丁の原料であり、この場所で製品に加工したり、一定の大きさにして他の地域に運んだ可能性もあったと考えられている。
同遺跡では昨年度の調査で、弥生時代前期の集落の環濠(かんごう)と推定される4本の溝が確認されている。同時期にこの地域で暮らした人々と、今回見つかった土抗や流紋岩との関連も推察され、当時の生活の検証がさらに進むものとみられる。
調査を担当した橿考研の北山峰生指導研究員は「石を持ち運べる大きさに割った可能性がある。弥生時代の生活に関わる所見が得られた」と話している。
現地見学会は12日午後1時から午後3時。小雨決行。駐車場はない。
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