考古学

太子ゆかりの寺? - 「若草伽藍」と同じ型の瓦/王寺の西安寺跡

法隆寺若草伽藍出土瓦(上)と同范であることが判明した西安寺跡出土瓦(下)=王寺町提供 拡大
金堂跡東で見つかった回廊跡(2人の間が回廊のあった場所)=6日、王寺町舟戸2の西安寺跡 拡大

 王寺町舟戸2丁目の西安寺跡で出土した「素弁蓮華文(そべんれんげもん)軒丸瓦」が、聖徳太子建立と伝わる法隆寺の前身寺院「若草伽藍(がらん)」の出土瓦と同じ型から作った「同范(どうはん)瓦」であることが分かり、6日、同町が発表した。西安寺の伽藍が整ったのは7世紀後半とみられ聖徳太子の時期とずれるが、太子ゆかりの寺である可能性が強まった。また、町が行った発掘調査で塔、金堂跡に続き、回廊の遺構を初めて確認。伽藍の全体像が浮かび上がってきた。

 素弁蓮華文軒丸瓦は素弁のハスの花を表した文様の瓦。町が過去の調査で西安寺の金堂跡と塔跡から出土した瓦を奈良文化財研究所の協力で比較調査した結果、5点が法隆寺若草伽藍と同范であることが判明した。2点は625年前後、3点は630年代に製造されたとみられる。従来、飛鳥時代の寺院を含め、大和川を挟んで北の斑鳩は上宮王家(聖徳太子)、西安寺跡のある南は敏達天皇系王族の勢力下にあるとされてきたが、今回の成果を受け、見直しが必要となりそうだ。

 一方、町は11月初旬から、史跡としての保存・活用を目的に約96平方メートルを調査。金堂基壇東端から約4・5メートル東で回廊基壇を確認。礎石など柱跡はなかったが、飛鳥~奈良時代の瓦が堆積していた。回廊幅は基壇上部で4・6メートル。回廊の両側には幅1・7~2・23メートルの雨落溝が設けられていた。

 また、金堂基壇南で石積の基壇外装を長さ約7・6平方メートル分確認し、東西の軸が定まったことから伽藍の中軸線を確定。金堂基壇の東西の長さは14・1メートルと推定される。中軸線で折り返して西回廊を復元すると回廊を含む伽藍の東西幅は37・6メートルで、コンパクトな伽藍だったことが分かった。西安寺は「続日本後紀」に「大和国広瀬郡に西安寺あり」と記された古代寺院。これまでの調査で塔や金堂が南北一直線に並ぶ四天王寺式伽藍であることが分かっている。 

 調査を担当した同町の岡島永昌文化財学芸員は「西安寺は聖徳太子と何らかの関係があったのではないか」と話している。

 現地説明会は8日午前10時~午後3時。雨天中止。駐車場なし。問い合わせは王寺町地域交流課観光振興係、電話0745(33)6668。

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