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平城京跡に舟入遺構 - 東堀河の荷揚げ場か 古代の都城跡で初/奈良市埋文センター

左手前が東堀河跡で、現代の構造物を挟んで右奥が舟入の可能性がある遺構=奈良市大安寺2(奈良市教育委員会提供) 拡大
東堀河などから出土した遺物=奈良市大安寺西2の市教委埋蔵文化財調査センター 拡大

 奈良市大安寺2丁目の平城京跡で、運河の「東堀河」を行き交った船の荷揚げ場「舟入(ふないり)」とみられる奈良時代の遺構が、奈良市教育委員会埋蔵文化財調査センターの調査で見つかった。古代の都城跡で同様の施設が確認されるのは初めて。出土遺物は、同市大安寺西2丁目の同センターで開催中の平成30年度春季発掘速報展で展示されている。29日まで。

 現場は「平城京左京六条三坊十二坪」に位置し、同センターが昨年4~5月に約348平方メートルを調査。

 同センターによると、舟入遺構は東西16メートル、南北6メートル以上、深さ0・8メートル。西側で幅4・3メートル分検出した東堀河跡と幅約2メートル、長さ約1メートル、深さ0・6メートルの溝でつながっていた。

 深さ1・1メートルの東堀河から流れ込んだ水が常時たまっていたとみられ、物資の積み下ろしや舟の方向転回を行った舟入の可能性がある。

 東側には舟入遺構と同時期の並行した東西溝2本もあり、その間は幅約3メートルの通路と推定。周辺には掘っ立て柱建物跡や井戸跡も見つかり、調査地は水運と陸運の結節点の役割を持つ施設があったと考えられるという。

 調査地からは祭祀(さいし)に関わる土馬や人面墨書土器のほか、奈良三彩の壺(つぼ)などの遺物が出土。土器から東堀河と舟入遺構は、平安時代の10世紀ごろには完全に埋没したとみられる。

 平城京には東西の市周辺にそれぞれ堀河が南北に通され、京内の物流の役割を果たしていた。西堀河は現在の秋篠川とみられ、東堀河は過去の調査で京跡の「二条条間路」から「九条大路」の間に数カ所確認。いずれも両岸に2~6メートルの空閑地があり、舟をひく通路だったと考えられている。

 同センターの原田憲二郎・活用係長は「今回の遺構は、これまでの東堀河とは趣が異なる。他の場所でも同様の遺構がないか、慎重に検討する必要がある」としている。

 このほか、発掘調査速報展では塔院北門が確認された「史跡大安寺旧境内」や、古代から近代までの遺構が見つかった「平城京跡(左京三条六坊十坪)・奈良町遺跡」の出土遺物が展示。午前9時から午後5時開館。土日曜と祝日は休館。無料。

 問い合わせは同センター、電話0742(33)1821。

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