社会

胤風揮毫の山門部材 - 奈良・西光寺で発見

西光寺で見つかった胤風の揮毫が残る山門の部材。写真は右から一箭さん、鳥見前住職、満田さん=奈良市石木町の同寺 拡大
宝蔵流槍術第4世胤風の画像=満田家蔵 拡大

 奈良発祥の古武道、宝蔵院流槍術の第4世・胤風(いんぷう、1686~1731年)が揮毫(きごう)したとみられる山門の部材が、奈良市石木町の西光寺(鳥見浩憲住職)で見つかった。胤風は文武両道に優れ、同流槍術の中興の祖といえる人物だが、ゆかりの品はほとんど残っておらず貴重だという。

 同槍術保存会や同寺によると、揮毫が見つかったのは、江戸時代中期に興福寺(奈良市登大路町)の子院・宝蔵院に建立され、明治時代初めに同寺へ移築された山門の部材。

 約50年前に山門が改築された際に見つかった後、一時行方不明になっていたが、昨秋、鳥見隆憲・前住職(75)が本堂須弥檀下に保管されていた部材を再発見した。

 部材は屋根の頂部にある棟木を支える「実肘木(さねひじき)」で、長さ48センチ、幅7・7センチ、高さ約6センチ。「享保元(1716)年丙申年九月廿八新造立之 鎌宝蔵院鎌術 四代覚山胤風」と墨書があり、署名の代わりとなる記号「花押(かおう)」も書かれていた。

 宝蔵院流槍術は約450年前、宝蔵院住職の胤栄が創始。攻防に優れた「鎌槍」と呼ばれる十文字形の穂先が特徴の槍を用いる。

 第4世の胤風は山城国加茂郡(京都府木津川市)の出身。享保11(1726)年9月に徳川8代将軍吉宗の前で槍を披露し、同槍術の名を広めた。一方で、学僧としても信望を集め、興福寺伽藍再興や春日社の式年造替(ぞうたい)にも力を尽くしたという。

 先月、同槍術伝習者ら約20人が西光寺を訪れて、ゆかりの品と対面。見学した同槍術第21世宗家・一箭順三さん(67)は「胤風師は人格、見識、武技いずれにおいても優れた憧れの人。ゆかりの品にめぐり会えたことを喜び、より一層、稽古に精進したい」と感激。生家の満田家の子孫、京都府木津川市の満田敬傳さん(87)も「山門建立から300年目の節目に良いご縁をいただいた」と喜んでいた。

 また、西光寺の鳥見前住職も「昨年、住職を交代したときに見つかったのは縁起が良いこと。寺宝として大切にしたい」としていた。

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