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写真家・川島小鳥「その瞬間を逃したくない」気合いを胸に秘め - 奈良との縁をつなぐ尾野真千子さんを撮った写真集

モノクロ写真が並ぶ白い空間に、清々しい朝の陽ざしが差し込んでいます。時に楽しげな表情で、なにかを問いかけるような表情で、おどけた表情で、写真の中にいるのは奈良出身の女優、尾野真千子さん。写真家 川島小鳥さんの写真展『つきのひかり あいのきざし』が、2018年6月30日から8月26日まで入江泰吉記念奈良市写真美術館で、10月20日から11月18日には東京のGALLERY MoMo両国で、それぞれ開催されました。展示された写真は川島さんと尾野さんが台湾と奈良・吉野を巡り撮り下ろしたもの。

 

川島さんは、1人の少女の1年を追った写真集『未来ちゃん』で2010年に第42回講談社出版文化賞写真賞を受賞。台湾で撮影した2014年刊行の『川島小鳥写真集 明星』で第40回木村伊兵衛写真賞を受賞しました。

 

写真家の目から見た奈良はどのような場所だったのでしょうか。写真展が開催されたGALLERY MoMo両国でお話をうかがいました。

 

 

GALLERY MoMo両国
GALLERY MoMo両国

 

きっかけはプライベートの台湾旅行

―― このGALLERY MoMo両国は、射し込む光がきれいですね。モノクロの写真が映えます。 

 

ここ、すごく好きで。展示させてもらうのは3回目とかです。(展示は)空間が重要で、部屋の模様替えじゃないですけど、空間に対してどういう風に見せるかを考えるという作業です。奈良は空間が広かったので、全部額に入れて整然と並べました。ここはもう少し狭いので、額に入れていたものをパネルに加工し直して。写真集では奈良と台湾の写真は結構混ぜているので、そういう感じで、こちらも割と混ざっているような感じにしました。

 

 

 

 

 

―― 6月の入江泰吉記念奈良市写真美術館での展示はいかがでしたか?

 

写真用に設計された美術館で、照明で写真は変わると感じました。館長は写真家の百々俊二さんです。展示の時には的確なアドバイスをくださったり、ライティングをほとんど百々さんがやってくださったり、すごく貴重な機会で、ありがたかったです。

 

―― 写真展の企画自体は美術館からの依頼ではじまったんですか? 

 

偶然が重なって。もともとは1年以上前に館長の百々さんから福井で開催した回顧展を巡回する形でと展示の依頼をいただきました。ただ、なんとなく “振り返りはもう終わったかなー”という気持ちもあって。“せっかく、奈良の写真美術館なんだから”と思いはじめていた時に、尾野真千子さんを撮る機会が何回かあり、少しずつ仲良くなっていく中で、奈良の話を聞いたり、台湾の話をしたりしていました。

 

―― 川島さんは台湾を舞台にした『明星』という写真集も出されていますね。 

 

僕は台湾にものすごく通っていて、詳しいんですけど。真千子さん、映画の撮影で台湾に行ったことがあって、“またいつか行ってみたいな”と思っていたらしくて。「プライベートで遊びに行きたい」「じゃあ案内します」で、行ったんですけど、ほんとうに1人でやってきて。宿もちゃんと決めないで2人で行動することになり、その時にせっかくだから写真を撮りたいといって、撮ったのが写真集の「つきのひかり」という部分。

 

―― プライベートの旅行から生まれた写真だったんですね。

 

帰ってきてから写真を見直したら、すごくいいなって思って。もう少し撮ったら、奈良の美術館の展示に間に合うし、真千子さんは奈良出身だから、すごくいいんじゃないかなーと。「もっと撮らせてください」ってお願いしたっていうのがはじまりでしたね。

 

 

 

その瞬間を逃したくない。内に秘める“気合い”

―― ほんとうに偶然が重なって台湾と奈良が写真の舞台に。

 

台湾の部分がすごく強かったので、他にどこを撮ったら作品が完成するのかっていうのがあって。真千子さんの故郷の奈良や、今住んでいる東京で撮るのはどうですかと提案をしたら、「奈良の実家に来てください」と返事をいただきました。

 

―― 尾野さんからの提案で、奈良のご実家での撮影が決まったんですか。作品を拝見して、お互いに好きな場所を紹介し合っているようにも感じました。それぞれどのくらいの期間行っていたんですか? 

 

そうですね。(場所の雰囲気は)全然違うんですけど、なんかこう、同じくらい強さがあります。どちらも4日か5日間くらいでしたね。

 

 

 

―― 台湾では、この場所に行ってこれを撮ろうと決めて行動したというよりも、街中を気ままに歩いて撮っていくような感じだったんですか? 

 

結構珍道中っていうか。(現地に)友達が結構いるんですけど、真千子さんと歩いている時に偶然、何年振りかに再会して。「2人で撮影しているんだけど、おもしろいところはない?」と聞いたら「ある」って、急に車で1時間くらいかけて山の方に連れて行ってくれたりすることが多かったり。真千子さんは振り回されて……楽しかったとは思うけど、大変だったかもしれない。

 

―― 奈良の方ではどうだったんでしょう? 真千子さんに案内してもらうような感じで? 

 

ほんとうに実家に居候をさせていただいたような状態でした。いいのかなって思いましたけれど、お父さん、お母さんが普通にいて、帰省しているところに一人混ざっている感じ。真千子さんが吉野で好きなところを色々と案内してくれたり。真千子さんの小学校や、廃校になったところとか、あと真千子さんのデビューの映画の時にスカウトされた有名な中学校とかも。

 

―― 記憶を辿るような? 

 

記憶……たぶん、真千子さんにとっては当たり前のところ。普通、女優さんで、実家に泊まらせてくれるとか、そこまでたぶん……ない。逆にその、私はここまでオープンにするけど、あなたはどうしますか? というハードルがすごく高く……。

 

―― 以前出された写真集でも、そのお宅で寝泊まりされていたことがあったと思うのですが、家に泊まり込むというのは緊張しませんか? 

 

『未来ちゃん』の時もそうでした。緊張っていうか、緊張……気合いが入っている。

 

―― 写っている尾野さんのご家族も自然な表情ですけど、その“気合いは、撮れなかったらどうしようという相手を緊張させるような構えたものではないんですね。

 

あ、気合いといっても内側で。“撮りたい”っていう。せっかくいいチャンスが目の前にあるから、逃したくない。

 

 

 

 

写真を撮られる側の気持ち

―― 写真家にとって大事なことは、どんなことでしょうか? 

 

被写体への敬意っていうか、その……全部バレちゃうと思うんですよ。特にカメラを介すると。あとは他の人の気持ちを結構汲み取るっていうのもあります。

 

―― 「写真は瞬間を切り取っていく」と聞くのですが、今回の撮影で“シャッターを切らせる瞬間”というのはどういうところにあったんでしょうか? 

 

今回はほんとうになにも考えないで、とにかく真千子さんがいる世界を撮っていくという感じで。自分が“こうしたい”とか考える余裕もないまま、とにかく撮るっていう感じだったんですけど。

 

 

―― 尾野真千子さんも女優ですが、仕事で女優や俳優を撮る機会も多いと思います。 

 

いろんな方と仕事をして、よくよく観察していたら、みんな写真がすごく好きっていうわけじゃないんですよね。普段、役になりきって、作品の中で演技するっていう仕事をされている人が、カメラの前に本人として立たなきゃいけないっていう時に、とまどいとか、恥ずかしさとかがあるのをちょっと感じていました。それがすごくいいなと、ずっと、思っていて。

 

―― そういわれてみると、ドラマや映画など作品の中の人物は女優さんや俳優さんの本当の姿ではなく、演技によって存在しているんですよね。

 

で、興味があったので「写真を撮られるって、どういう気持ちなんですか?」って真千子さんに聞いたんです。

 

―― 聞いたんですか?! 

 

デビューされて20年経っているんですけど、最初は、どうしたらいいのかわからなくて苦手だったのが、ここ数年で、写真のおもしろさがなんかちょっと分かってきたという感じみたいで。

 

―― はい。

 

でも、「写真の撮影の時は不完全燃焼な気持ちがある」って言われて。それはやっぱり写真家の1人としてすごい、なんか、こわいことだと。「不完全燃焼」って、なにをもって不完全燃焼なのか。すごく……迫られている気がして、プレッシャーじゃないですけど、すごい気合を入れさせられるというか。小手先の技とか、そういうものは多分、全く通用しないだろうと、そのまま心を開いて、一緒に過ごして、ということしか多分できないなと感じました。

 

―― 今回の写真でも、カメラがあるということを意識しているのかな、という表情も多いように感じました。台湾と奈良を巡る間に雰囲気は変わっていったんでしょうか? 

 

変わったかもしれないですね。あと、日本では真千子さんだということが(周囲に)わかってしまうじゃないですか。台湾は比較的誰も気にしないでいるというか、そういう意味ですごく安心しているというか。周りの人、全員台湾人だし、言葉が通じないというので、ほんとうに(真千子さんが)「ひとりぼっち」という感じがしたんです。奈良は全く逆で、生まれてからずっと育った家に、お父さん、お母さんがいて、歩けば全部思い出の場所みたいな感じで。そういう意味では環境の違いで、全然違う雰囲気になったと思います。

 

 

 

台湾と奈良。全然違うけれど、つながっている

―― 写真家の方にこんなこと聞いていいのかなと思うんですけど……どこで撮るか、場所はどのくらい大事なんですか? それとも大事なのは被写体なんでしょうか? 

 

今回に限って言うと、(場所も)すごく大事だったなって思います。たまたまタイミングが合って台湾でも奈良でも撮れましたけど、両方とも真千子さんにとって思い入れのある場所ということで。僕にとっても、被写体の人のルーツが関わっていたり、好きな場所だったりっていうのが撮りたいところです。

 

―― それは表情に変化が出てるからですか? 

 

全然違ってくると思いますね。……そのまま……真千子さんがそのまま……その時の感じでそのまま撮りたいなと。

 

―― 素のままみたいな……

 

“素”っていうのも難しい。女優さんだからどこまでが素なのか。わからないところもおもしろいな、というか、恐ろしさでもあると思ったんですけど、少なくとも、僕と真千子さんの間のその時の距離感はそのまま……。

 

 

 

 

―― 台湾と奈良とでは町の雰囲気が全く違うのではないかと思うのですが、写真集にまとめる時、そういった差は意識していたのでしょうか? 

 

タイトルを決める前に、海と山ってキーワードが出てきて。真千子さんは山で生まれて育ったから、山が大好きだし、半面、海のない場所で育ったから、海へのあこがれというか、海のあるところに行くのが好きで。台湾では海に行ったんですけど、なんかすごくいい感じで……。海の街と、山の場所。

 

―― 海と山という場所の対比もありつつ、真千子さんご自身の中の対比もあった? 

 

そこまでは……なにも考えずに撮影はしたのですけど、撮り終わって見直している時に結構真逆だと。真逆というか、台湾は僕にとって第二の故郷くらいのところですけれど、真千子さんにとっては本当に知らない場所だし、世界で真千子さんが一番知っているふるさとというところで、対比がいい感じだなと。

 

―― 撮っている時は比較的無意識で、その瞬間、瞬間を撮っていき、編集するときに気がつく。そういうことは多いんですか? 

 

結構多いですねー。撮影している時はほんとうに、なんていうか、感じるのが精一杯で、とにかく撮るって感じなんですけど、見直す時はもう一回その時を振り返って、考えることができるので……。

 

―― 写真集『つきのひかり あいのきざし』にする時はどうだったんですか? 

 

最初は2冊組で考えていたんです。あまりにも違うと思ったんで。でも、デザイナーの町口景さんたちと相談していたら、「全然違うけれど、つながっているから。真千子さんのいた世界っていうので。だから1冊の方が重層的でおもしろいものになるんじゃないか」ということで1冊になりました。

 

 

 

写真家から見た奈良

―― 奈良にはこれまで何回かいらしたことがあるそうですね。今回の撮影で印象が変わったことはありますか? 

 

友達が橿原神宮に住んでいて、10年位前はよく行っていました。あとは奈良市に行ったことがあるくらい。吉野はほんとうに初めてで、全然ちがうんですよね。緑もすごいし、お父さん、お母さんが野菜を作っていたり、山菜を取りに行ってそのまま料理したりとか、タケノコをとったりとか……なんていうんですか、昔ながらの暮らし。体験学習しているみたいな。便通もめっちゃ良くなったし(笑)

 

―― (笑)。奈良で印象に残っている場所はありますか? 

 

真千子さんの家ですかね。寝泊まりさせてもらったということもあるけれど、目の前が山なんですよ。山の上なんですけど、目の前も山で。しかも新緑の季節に。(写真では)モノクロだからあまりわからないですけど。西吉野って桜が有名らしいんですけど、それが終わって、黄緑色、若草色っていう感じで。

 

 

 

―― 川島さんからみて、奈良はどういう場所だと思いましたか? 

 

結構優しい雰囲気というか……。女性的か男性的かというと、女性的なきめ細やかな空気という感じがしました。単純に、感覚的にすごく合う。行くと、ほっとする、癒されるという感じで。

 

―― 奈良出身の方に訊いても、「奈良は落ち着く場所」という声が多いです。

 

この前も写真美術館に行ったんですけど、奈良自体、(時間もかかるし)行きづらいじゃないですか。 “いい場所”って結構そういう感じで行きづらいのかなと。写真もそうなんですけど、目に見えないもの。言葉に簡単にできるとか、写真にすぐ…………インスタ映えとかじゃないところの価値。東京の人間からすると、本当にもっとたくさんの人に行ってもらいたいですね。

 

―― “なにを見る”ということではなく、この空気を吸う、環境に接するということですか? 

 

空気と水は、これからますます大事ですね(笑)。僕は東京もすごく好きなんですが、ちょっと田舎に行くと、空気も全然違うし、水もちがう。それは、お金に変えられないもの。あまり大事にされていない風のものなんですけれど、実は一番大事な、人が心も体も元気になっていく上で、ほんとうに大事なものだなと思っていて。なんにもないという中に、実は一番大事なものがあるっていうのを、写真を通してできれば……。

 

―― 奈良で行ってみたいところはありますか? 

 

大神と書いて、おおみわ神社でしたでしょうか……。神社が好きなので、行ってみたいですね。

 

 

 

自分がいいなと思ったことを信じていきたい

―― 最近、10年来の願いが叶い、大ファンの浅田真央さんを撮影されました。次に撮りたい人や、撮りたい場所はあるんですか? 

 

言える範囲ではないかもしれないですね……(笑)。今まで台湾とかに行っていたんですけど、今回奈良を撮ったように、日本をすごく撮りたいなと思っています。

 

―― いつからそういう気持ちが芽生えたんですか? 

 

1年くらい前ですね。仕事とかプライベートとか地方に行くことが多いんですが、なんかやっぱり、水と空気がいい。

 

 

 

―― 機材についても、今まではフィルムカメラでカラー写真でしたが、今回はデジタル機材を使ってモノクロ写真を撮りましたね。どういう経緯でこの変化が生まれたのでしょう。

 

元々興味があったんで、デジタルは密かに試していたりしたんです。今回はデジタルでやってみたいって気持ちがあったので、やってみました。それで、どういう風に変わるのか、どういうところが変わらないか、自分の作品を通して見てみたかったという単純な好奇心っていうのが一番強くて。

 

―― デジタルだと荷物も少なくて済みますね。 

 

夜撮ったりすることも多くて。デジタルの特性としてめちゃめちゃ暗いところでも撮れるし、機材も最小限のものでした。で、台湾で撮っている時に、なんかふと「モノクロだな」って。それは真千子さんがもともと持っている強さとか……悲しさ? 

 

―― 悲しさ。

 

太陽にパーンってあたっているというよりも、月のぼやーんとした美しい光に照らされて真千子さんが世界に一人で、立っているってイメージだったんです。

 

―― やわらかな、でも、凛とした雰囲気ですね。

 

理屈じゃなく、自分がいいなって思ったことを信じて。これからも感性や直観を信じてやっていきたいですね。

 

―― ありがとうございました。最後に、奈良の人たちへ、メッセージをお願いします。

 

『つきのひかり あいのきざし』には大好きな奈良の魅力が詰まっています。奈良といえば尾野真千子さん。真千子さんを被写体にした初めての写真集を、ぜひ多くの人に見てもらいたいなという気持ちがあります。写真展を開催した入江泰吉記念奈良市写真美術館も、とってもいいところです。(展示内容も)すごくいいので、訪れてみてほしいですね。せっかく奈良ともご縁ができたので、通えたらいいなって思っています。

 

 

 

川島小鳥

写真家。1980年生まれ。早稲田大学第一文学部仏文科卒業後、沼田元氣氏に師事。写真集に『BABY BABY』(2007)、『未来ちゃん』(2011)、『明星』(2014)、谷川俊太郎との共著『おやすみ神たち』(2014)、『ファーストアルバム』(2016)、台南ガイドブック『愛の台南』(2017)。第42回講談社出版文化賞写真賞、第40回木村伊兵衛写真賞を受賞。

写真集『つきのひかり あいのきざし』を2018年10月に上梓。ホームページ http://www.kawashimakotori.com/

 
 

 

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