考古学

「離宮の謎」解明に光 - 空間が分かる建物群 初事例か 持統、文武天皇にさかのぼる可能性も/宮滝遺跡

宮滝遺跡で見つかった吉野宮の後殿とみられる建物跡=吉野町宮滝 拡大

 新たに2棟の建物跡が見つかった吉野町の宮滝遺跡。内裏を再現したような建物配置が確認されたことで、天皇の離宮であった可能性が強まった。飛鳥宮や平城宮を離れて吉野を訪れた天皇がどのような空間で過ごしたのか、離宮を包む謎のベールが少しずつ開いてきた。

 小沢毅・三重大学教授(考古学)は「離宮があった可能性がある長岡京などでも、判明している構造は限定的だった。空間が分かるような建物群が見つかったのは宮滝遺跡だけではないか」と注目する。

 過去の調査では、今回の調査区北東の山側でも方位が一致する建物や堀、塀が見つかっており「吉野川沿いに天皇の空間、山側に実務的な施設群があったのではないか。今後の調査でそれを明確にする必要がある」と指摘する。

 日本書紀や続日本紀などによると、吉野離宮は斉明2(656)年に造営され、天武天皇や聖武天皇ら飛鳥~奈良時代の複数の天皇が訪れた。西本昌弘・関西大学教授(古代史)は今回見つかった2棟について「ともに奈良時代前半より前の柱穴が出てきている。遺物は少ないが、持統、文武両天皇にさかのぼる可能性も考えたい」と話す。

 吉野は万葉集に多く詠まれた地として知られる。上野誠・奈良大学教授(万葉文化論)は「これほどの離宮があったとは考えもしなかった。平城宮のような宮殿があったことになる」とし、「万葉の歌も読み直していかなければならないと思う」と話した。

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