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もくじ
奈良のふるさとのはなし

三つの問題
鹿殺し裁判

のせがわのむかしばなし
蕎麦の軸の赤いわけ
天狗の扇
蟹の報恵
ふくろうの染物屋と烏
 (野迫川村要覧より)

悲運の皇子 自天皇
-その1-
-その2-
 (川上村「後南朝と川上村」より)

十津川妖怪譚
だる/ダル
天狗/テング
ごうら/ゴウラ
山女郎/ヤマジョウロ
山姥/ヤマンバ

一本だたら/イッポンダタラ
山小屋の怪異/ヤマゴヤノカイイ

「神饌」神々との宴
1.往 馬 大 社
2.門 僕 神 社
3.談 山 神 社
4.八 幡 神 社
5.倭 文 神 社
6.高 山 八 幡 宮

その他のおはなし
四社神社秋祭り
安堵町・なもで踊り

日本の造林王
土倉庄三郎

東吉野が育んだ秀句紀行
「原 石鼎」



奈良のおはなし
日本の造林王、郷土の先覚者
土倉庄三郎

土倉庄三郎

 日本の造林王と称される土倉庄三郎。天保11年川上村大滝に生まれた78年のその生涯は、造林への情熱と郷土愛に満ちたものでした。

 独自の「土倉式造林法」をあみだし吉野、川上林業に残した功績は大きく、植林、育林、伐採さらには運搬にまで心を配る広い視野で郷土の主幹産業として林業を確立させたといっても過信ではありません。彼の手になる造林は吉野、川上をはじめ日本各地、遠くは台湾にまでも広がっており、卓越した技術と意気込みのほどがうかがえます。

 また、自分の財産について「1/3は国のため、1/3は教育のため、1/3は自分の仕事のために使う」という方針を貫いた土倉翁。私費で奈良県初の小学校を川上に作ったり、同志社大学創立に尽力したり、吉野の桜を守るために大金をはたくなど、ユニークなエピソードは枚挙にいとまがありません。

 大滝のよろいがけには「土倉翁造林頌徳記念」の文字が刻まれ、川上が生んだ日本の造林王、土倉庄三郎は今も村人の誇りとなっています。

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川上村制100周年記念誌より




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