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やまと建築詩

今井まちや館<旧恒岡家住宅>(橿原市)

古民家の貴重な修復例

MainPhoto

▲「ぶつま」から坪庭を見る。隣家との間から柔らかな光が入る

 古くは興福寺の荘園で、中世の環濠(かんごう)集落として有名な橿原市今井町。古くから栄えたこの町は、江戸時代の建物も多く残り、平成5年12月8日に重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている。

 今井町の中心にある旧恒岡家は18世紀初期ごろの建物だったが、明治以後は空き家となっていた期間も長く破損もひどかった。だが調査の結果、今井町の大型町家の特徴を多く持つ貴重な建物と判明。所有者の理解もあり、橿原市は痕跡資料などを基に初期の姿に復元し、今井まちや館として再生した。



▲「ぶつま」「なんど」「みせおく」と3部屋並んだ居室。
左の板戸には固定にして
内部に耐震補強材を入れている


▲板張りの床が美しい「みせのま」。
連子格子が光に透ける


 今井町の中央を東西に貫く本町筋の中央部に旧恒岡家はある。江戸時代は金物屋又兵衛(金又)、明治以降は寺田又三郎(寺又)の所有を経て明治20年ごろに恒岡家の所有になった。借家として使われたが、空き家の期間も長く破損が著しくなっていたところに、平成10年の台風7号の被害があり倒壊寸前になった。このため、所有者から橿原市に解体の相談があり、建物を調べたところ、建物東側に土間。北に「しもみせ」を持ち、二列六間取りの今井町の大型町家の基本平面を持つ建物と分かった。

 所有者から借地し建物を無償譲渡された橿原市は、価値ある町家がなくなるのを防ぐことと、修理方法の記録を残して、今後の修理の手本とするため解体修理した。

 作業は、平成11年に建物を解体保存。12年4月から工事を開始し13年に完成した。コンクリートの基礎工事や金属製の補強材などで耐震性を高めたほか、消火栓や避雷針などの防災設備工事、不足する古材を補うため、近隣で建て替えのため出た古材を再生して使用した。現状では朽ちて屋根が落ちていたところもあった。残った部材にある痕跡をたよりに、建築当初の姿によみがえった。


▲初期の姿に復元された旧恒岡家。
「みせのま」は他より一段低い板の間。
「おうえ」と「なんど」の間は帳台構えで一段高い敷居がある


▲今井町の中心通り「本町筋」に面する旧恒岡家。
つし二階の虫籠窓(むしこまど)が見える。
背の高い奥の民家は二階建てで
旧恒岡家より新しく建物の変遷が分かる

 建物に入ると土間が建物の南北を貫く。土間の入り口側には「しもみせ」。東側の壁は、当初は隣家と共有する壁だったが、所有者の意向で西側に4メートルずらして隣家とは切り離された。土間の右手には2列6間取りの居室などが並ぶ。通りに面して「みせの間」と「みせおく」。みせの間は一段低い板の間で、建物中央の2室「おうえ」と「なんど」の間の敷居は一段高い帳台構えとなっている。また、つし2階には、はしごで上がる。

 土間から見学するのが一般的な今井町だが、この館は、自由に上がって江戸中期の暮らしにふれることができるのが特徴。古い民家に暮らす人にとっては、住宅の修復例として貴重な資料になっている。管理運営は今井町町並み保存会(吉田禎俊会長)が行っている。館内では時々イベントも開かれ、新たな今井の顔として活躍している。



DATA

● 今井まちや館(旧恒岡家住宅) ●

橿原市今井町3丁目1の22

休館日は毎週月曜日と年末年始(12月25日から1月5日)。月曜が祝日の場合は、その日以後最も近い平日が休館。

開館時間は午前9時から午後5時まで

入館は無料

【問い合せ】
今井まちや館、電話0744(22)1287

情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。

写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)


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