
吉城園離れ茶室 (奈良市)
紅葉映える茅ぶき屋根
『 我妹子(わぎもこ)に 衣(ころも)春日の宜寸川(よしきがは)
縁(よし)もあらぬか 妹が目を見む 』
と万葉集にも詠まれた宜寸川(吉城川)は、同園と北に隣接する依水園との境界を流れ、「吉城園」の名の由来ともなっている。
▲紅葉が鮮やかな吉城園の日本庭園内にある離れ茶室
東大寺と興福寺の寺領が入り組む地域で、この地は幕末、興福寺の子院、摩尼珠院(まにしゅいん)があったところといわれる。明治の廃仏棄釈で同院は民間の所有になった。
大正8年に正法院寛之氏が所有者となり同年12月21日、現在の主棟が完成。離れ茶室や庭園もこのころに造られたようだ。敗戦後の昭和21年、米軍に接収され高級将校の宿舎になった。同36年に企業が買収し、諸設備の全面改修を行い迎賓館として使われた。同58年に県が古都用地・都市緑地として取得。再整備の後、平成元年4月から一般公開されるようになった。
▲L字型の縁側には深い庇が乗る。
ここから庭園を見ると風景は
額に入ったようにも見える
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▲丸窓の脇には三畳の小間茶室 |
日本庭園やスギ苔(こけ)自生地、苔の庭、野草園などで構成される約9000平方メートルの敷地に和風木造2階建ての主棟や離れ茶室、蔵などが点在している。離れ茶室は木造、茅(かや)ぶき平屋建てで、建物中央部に田の字型に和室四間と、三畳台目の茶室と三畳間の別の茶室がある。
四間取りの和室のうち、最奥の八畳間にある床の間の床柱は南天柱。また、玄関に続く板間脇には、扁額に書かれた「羅浮山(らふさん)」の名の元になった手水(ちょうず)の立石も置かれている。茅ぶきの深い庇(ひさし)の下にはL字型の縁側があり、四季とりどりの庭園の風景が見渡せる。
▲玄関脇には「羅浮山」の名の
いわれとなった、
手水の立石が置かれている
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▲床柱に南天柱を用いた広間 |
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DATA
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● 吉城園離れ茶室 ●
奈良市登大路町60の1
庭園の開園期間は3月20日から12月27日までの毎日。
開園時間は午前9時から午後5時まで。入園は同4時半まで。
入園料は高校生以上が250円、中学生以下と65歳以上、障害者手帳持参者は無料。
申込み・問合せ:国際奈良学セミナーハウス、電話0742(23)5821
※情報が古くなっている場合がございますので、ご利用の際は必ず事前にお問い合わせください。 |
写真・文 本紙・藤井博信 (日本写真家協会会員)
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