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万葉の景色

夏実の川

巻向の川

▲大きな弧を描き流れる吉野川。
穏やかな流れが菜摘あたりから一転し、静から動へ。
大きな岩盤が浸食され荒々しい(吉野町菜摘)

 残暑が厳しい。とはいえ立秋が過ぎ、暦の上では秋。川辺で遊ぶ人もめっぽう減り、初秋の気配が漂う。そんな吉野川を訪れた。菜摘の里は宮滝大橋のほとりにあり、川の湾曲した山すそにポツリポツリと民家が建つ静かな山里だ。川は東から流れて大きな弧を描き、南へ巡り宮滝に流れ入る。集落に入る菜摘大橋あたりは流れが速く、大きな岩盤が浸食され荒々しい姿が今なお残る。激湍(げきたん)の上流で湯原王の詠んだ歌がある。

『 吉野なる 夏実(なつみ)の川の 川淀に 鴨ぞ鳴くなる 山かげにして 』
   (巻三―三七五)

 カモの鳴き声が聞こえるが、姿が見えない。山のかげになっているのかなぁ…。対岸に万葉でもおなじみの三船山や象山(きさやま)が横たわり、四方を山が迫る。湯原王は作風がのびやかで自然を詠んだ明るい歌が多いといわれる志貴皇子の息子だけあって、研ぎ澄まされた感性を評価する専門家が多い。この歌も「叙景歌の一つの到達した世界」との評も。難しい解釈はともかく父親譲りのすがすがしさがあふれる。

『 滝の上の 三船の山に 居る雲の 常にあらむと わが思はなくに 』
  弓削皇子(巻三―二四二)

『 み吉野の 象山の際の 木末には ここだも騒く 鳥の声かも 』
  山部赤人(巻六―九二四)

 標高487メートルの三船山。船のような形をして横たわっているから名づけられたとか。山上からは菜摘の里が手にとるように見渡せる。弓削皇子ならどんな歌を詠んでいただろうか興味深い。象山と三船山を流れる「象(きさ)の小川」も万葉の題材に。もちろん吉野離宮跡だろうとされる宮滝も例外ではない。奥深い山からとうとうと流れる吉野川沿いは万葉の故地が点在し、飽きることがない。川辺を赤トンボが舞い、季節が移ろう。

▲万葉の時代を思い起こす
自然がいっぱいの山里と対岸を結ぶ菜摘大橋


写真と文 牡丹 賢治

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