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万葉の景色

巻向の川

巻向の川

▲暑い盛り、速い流れに清涼感が漂う(巻向川、車谷辺り(桜井市))

 水辺を歩くシリーズ第二弾は桜井市の巻向川を訪ねた。山の辺の道、南の起点・海石榴市(つばいち)から大神神社、さらに檜原神社を越え三輪山の山すそをしばらく歩くと水が流れる音が聞こえる。車谷の集落を勢いよく流れる小さな谷川で、万葉集にも登場する巻向川。清涼感が漂う。川や山の名に残る巻向はその昔、纒向遺跡のある太田や東田、車谷の北に位置する穴師の里、それから川の源流にそびえる標高五六七㍍の巻向山を含む広大な地域を指したという。

『 巻向の 山辺響みて 行く水の 水沫のごとし 世の人われは 』
  柿本人麿歌集(七-一二六九)

 轟(ごう)々と流れてゆく水はたいそうな勢いだが、その先の泡を見ればいつのまにやら消えてしまう。人生もしょせんは川の流れと同じこと…。波に乗り、好調な時は誰しも人の世の無情など考えないし、その必要もない。しかし、「水沫のごとし」で一度つまずくとすべてが裏目に。巻向を詠んだ歌は十五首、そのうち十二首が柿本人麿歌集。人麿は何がきっかけで、「…水沫のごとし」と歌ったのだろうか。人麿の山の辺はなぜかさびしい。

『 あしひきの 山川の瀬の 響(鳴)るなへに 弓月(斎槻)が嶽に 雲立ち渡る 』
  
同(七-一〇八八)

 現在、「弓月が嶽」と呼ばれる山はないが、巻向山がそれと言われている。急に大きくなった瀬音、速い雲の動き…、季節は夏だろうか。三輪山からの谷川も合わせて車谷や箸中を抜け、やがて初瀬川(大和川)に合流する。それぞれの歌碑もある。

 山の辺の道は、どこを歩いても日本の原風景を彷彿(ほうふつ)させる古(いにしえ)の道だが、巻向山が見え隠れする穴師の里辺りの道は特に心地よい。常夜灯が誘う穴師坐兵主神社への緩やかな坂道、ふと足を止め振り返ると盆地を見下ろす眺めがすばらしく、しばし暑さを忘れる。夏休み中とあって、ハイキングを楽しむ親子連れも多い。

▲常夜灯が誘う古の道


写真と文 牡丹 賢治

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