このページでは、Javascriptを使用しています
奈良新聞WEB トップへ戻る
 
←次へ 前へ→
万葉の景色

茶せんの里・高山

「室町時代の技」脈々


▲春、地面からにょきにょきと顔を出す竹
(生駒市高山町の「高山竹林園」(後方が万葉歌碑))

 高山(生駒市高山町)は県北西部、大阪府と京都府に隣接した自然豊かな山里である。すぐ近くに関西文化学術研究都市(高山地区)が広がり、開発の波が押し寄せてきたとはいえ、古き良き日本の風情が色濃く残る。国内産の9割以上を占めるという茶せんの生産地として名高く、今や不動の地位を築いた。

 室町時代中期、高山城主・頼栄の二男・宗砌(そうせつ)を始祖とし、以後「一子相伝」の技として今日まで脈々と受け継がれてきた茶せん作り。近鉄奈良線富雄駅を富雄川沿いに北へ約6キロ。国道163号を横切り、さらに北へ行くと深い森に包まれた「高山八幡宮」に到達、工房が点在し茶せんを模した看板が目を引く。

 地場産業の一層の振興を図ろうと建てられた「高山竹林園」は美しい日本庭園の中にさまざまな種類の竹を植えているほか資料館などがあり、第一、第3日曜日は茶せん製作の実演も。さて、ここから竹やぶ越しに生駒の山並みが見える。遣新羅使人の万葉歌を刻んだ石碑もたたずむ。

『 妹に逢はず あらば為方無(すべな)み 石根踏む
               生駒の山を 越えてそ吾が来る 』 
(巻15-3590)

 渡航を間近に控え、難波で待機していたときに詠んだ歌だろうか。作者は恋しさに耐えかね、ほんのわずかな間を縫い、生駒の山を越え妻のもとへ。今のように交通が発達していない当時を思えば、並外れた行動力。いや、出航してから彼が再び妻のもとに帰れるかどうか保証もなかった時代ならば当然の行動か。想像を絶する決断に言葉を失う。

 新緑に誘われ里を歩いた。1月から2月にかけては田んぼなどで茶せんづくりの材料となる竹を天日に干す光栄に出会え、これが冬の風物詩となっている。県民憩いの場としてにぎわう「くろんど池」も近い。池の周りは散策路が整備され、アヒルやカモをはじめ珍しい野鳥に出合えるチャンスがある。ボート遊びも楽しめる。

くろんど池

▲夕暮れ前、生駒の稜線に日が傾き影が長く伸びる。
大型連休で、あすもにぎわうだろう(くろんど池)


写真と文 牡丹 賢治

会社概要採用情報新聞購読出版情報個人情報保護特定商取引法に基づく表示サイトマップ