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万葉の景色

豊浦寺

秋萩見守る尼寺の石碑

▲雨に生える萩。決して派手さはないが、
可憐な花形が万葉人にこよなく愛された
(明日香村の甘樫丘)

 豊浦寺は、推古天皇の豊浦宮跡に建てられた我が国最初の尼寺。甘樫丘の北側、明日香川沿いに今も豊浦の地名があるが、寺は現在、向原寺の前に跡を示す石碑と案内板がポツリと建つだけ。わずかな遺構も残るが、いわゆる明日香巡りのルートから少し離れ、見逃す人が多いようだ。

 飛鳥京時代、繁栄を極めた同寺。都が平城に移っても尼僧らの信仰は絶えなかった。「万葉集」には、古里の豊浦寺の私室で宴を楽しむ歌が3首ある。


 『 明日香川 行き廻る丘の 秋萩は 今日降る雨に 散りか過ぎなむ 』
丹比国人(巻8-1557)


 作者は平城の宮人で、雨の豊浦寺が舞台。宴たけなわ、尼僧らと野辺の萩(はぎ)の花をしのんでいる。今と違い、広い寺域越し、川向こう雷丘辺りは萩が盛り。しかし、そぞ降る雨に秋が深まり、やがて散りゆくであろうと故郷の秋を惜しむ。

 取材当日は久しぶりに明け方から雨。一時雨脚が強まり、花びらが舞い散る萩も。華やかな西洋の花々が全盛の今、派手さはないが水滴に光りあでやかだ。萩を題材にした歌は、梅の119首を押さえ、植物ではトップの142首。

 本題とはそれるが、萩がなぜこれほど多く詠まれたのだろうか。細い茎に赤紫や白い花がびっしりとつける姿が可憐(かれん)で日本人に好まれたのだろうか。春に比べると花が少ない夏の終わりから初秋に咲く有利さ…、とファインダー越しに勝手な推察をした。


『 うづら鳴く 古りにし里の 秋萩を 思ふ人どち 相見づるかも 』  (巻8-1558)


 『 秋萩は 盛りすぐるを いたづらに かざしにささず 還りなむとや 』  (巻8-1559)


 ともに仏門に入ったばかりの修行尼、沙弥尼(しゃみに)の歌。いずれも華やいでつややかなことから、明るく屈託のない生活が浮かぶ。

▲黄金に色づき、頭を下げる稲穂。後方が向原寺
(同村豊浦)


写真と文 牡丹 賢治

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