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万葉の景色

忍 阪

新緑が包む往時の恋

万葉歌碑

▲「秋山之 樹下隠…」と刻んだ万葉歌碑が控えめな鏡王女を
忍ぶかのように小川のそばに人知れず建つ(桜井市忍阪)

 桜井市中心部から国道166号を走り、大宇陀町方面へ。 10分たらずで忍阪(おつさか)の集落に着く。

 里の外れに「国見の歌」を詠んだ天皇として知られている舒明天皇陵がある。

 陵は整然とし手入れが行き届き、山の傾斜を巧みに生かした石段が印象的だ。

 その石段のすぐわきに小さな道が山の方に続いている。

 見落としそうな、ちっぽけな道に沿い小川も流れている。

 しばらく行くと視界が広がった。3、4枚の棚田の畦(あぜ)をのぼった丘に鏡王女(かがみのおおきみ)の墓がある。

 鏡王女は額田王(ぬかたのおおきみ)の姉ともいわれ、若き日、中大兄皇子(のちの天智天皇)に愛されたとか。

 鏡王女の墓はひっそりとたたずみ、何の飾り気もない。

 目と鼻の先にある中大兄皇子の父、舒明天皇の陵が立派なだけになおさらで、つつましやかで、ちょっぴりかわいそうな気がする。

 『 秋山の 樹の下隠り ゆく水の 吾こそ益さめ 御思よりは 』 鏡王女(巻2-92)

 あなた以上に私の思いは深い、と天智天皇の贈った恋歌に答えたものだが、2人の恋は長続きしなかった。

 のちに藤原鎌足の正室となるが、控えめな性格ゆえ、天智天皇を額田王に奪われたとも。

 真相は分からない。

 鏡王女の墓と舒明天皇陵がなぜ、こんなに近くにあるのか、こちらも知る術(すべ)がない。

 「秋山之 樹下隠…」と刻んだ万葉歌碑が舒明天皇陵からもほど近い小川沿いに建つ。

 うっすらと苔(こけ)むして流れに飲み込まれそうな場所にあり、鏡王女の生涯とオーバーラップする。

 新緑がまぶしく、鏡のように光をはねつける水田とは対照的だ。

舒明天皇陵

▲手入れが行き届き、整然とした舒明天皇陵

鏡王女の墓

▲小さな丘にひっそりとたたずむ鏡王女の墓


写真と文 牡丹 賢治

 

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