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金曜時評

画竜点睛を欠くな - 論説委員 小久保 忠弘

 信貴山上でカウントダウンを聞きながら、2010年の年明けを迎えたのが、つい昨日のような気がする。平城遷都1300年祭記念事業の主会場、平城宮跡での各種行事が終わった今、あれほどの人出でにぎわった会場が、本来のというべきか、いつもの姿に戻ってみると、深まる秋とともに感慨にふける人も多いことだろう。

だが、シンボルとして復元された第一次大極殿が威容を誇る平城宮跡は、これまで奈良市民にとってただの広場でしかなかった空間が意味のある物になり、新たなエピソードを伝える「うつわ」としての機能が吹き込まれたことの意味は大きい。

 そこは、本物の歴史の現場が時空を超えて存在するという全国にも希有(けう)な場所である。特別史跡に指定され、世界遺産に登録されているゆえんも、東アジアの古代都市の中でも宮殿の遺跡と都に計画的に建設された木造建築群によって当時の姿を伝えている例として他にないからだ。

 その場所をイベントに利用してしまうという今回の仕掛けを設計し、構築し、運営・展開して成功に導いた関係者の労はおおいにたたえられるべきであろう。21世紀にも耐え得る大事業だったといえよう。

 それは単に360万人という予想を上回る来場者の数だけではない。古代史の素顔に触れたいと願う、はっきりした目的意識を持った人たちが、何一つ享楽的施設のない会場を黙々と歩いていたという事実が重い。

 イベント好きの国民が、他に競合する場所がないから奈良にやってきたという消極的理由を挙げる向きもあるが、むしろ現在の政治、経済、社会の各分野で行き詰まり感が広がる中で、古都奈良の持ち続ける落ち着き感と宗教的情操感が評価されたと言えるのではないか。それを維持し、今日まで伝えてきたからこそ「我が国の古くから伝わる文化を守り育ててきた奈良の人々の幸せを祈る」という天皇陛下のお言葉に結実したのであろう。

 思えば両陛下の出席された10月8日の祝典がハイライトであった。「平城京について私は父祖の地としての深いゆかりを感じています」と陛下は親しく語りかけられた。出自に踏み込まれたと話題にもなったが、全文1200字余りのお言葉には、奈良朝7代70余年の歴史と文化が過不足なく盛り込まれ、網羅されていた。会場出席者のみならず、伝え聞いた多くの人の感銘が聞かれる。

 それにしても安直なパビリオンなど造らなくて本当に良かった。日本の町並み保存の先駆として国の重要伝統的建造物群保存地区の第1号となった中山道の妻籠・馬籠の人たちは「売らない」「貸さない」「壊さない」を合言葉に町並みの価値を守ってきた。

 県民に身近にあるものの文化的価値を再認識させたという点でも、1300年祭の意義があった。奈良マラソンなど、残るイベントも無事やり遂げて画竜点睛といきたい。

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