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天地の全て水面に映し 野守【飛火野】 - 大和路能舞台を訪ねて【1】

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 室町時代から650年以上、絶えることなく演じられてきた能楽。ユネスコの無形文化遺産にも登録され、海外でも高く評価されている。発祥の地とされる大和路を舞台にした能を取り上げ、ゆかりの名所・旧跡を訪ねる。

 

かつて野守がのろしを上げた所と伝えられる飛火野。小さな池があり、野守の水鏡に思いをはせてみては。雨上がり、夕日に照らされた光景は幻想的だ=奈良市春日野町(撮影・牡丹賢治)

 

 新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが季節性インフルエンザなどと同じ5類に移行され、インバウンド(訪日観光客)も回復しつつある。奈良市の奈良公園一帯は外国人観光客が目立つ。春日山の西麓に広がる春日野は、一面芝生で覆われ馬酔木(あしび)が群生、鹿が群れ遊ぶ光景は、古都・奈良の象徴として多くの観光客に愛されてきた。

 

 その一角、飛火野はかつて野守がのろしを上げた所と伝えられ、奈良時代には大宮人の遊宴の地。着飾った貴公子、貴婦人が若菜を摘み、花見を楽しみ、酒杯を傾けたことだろう。

 

 奈良交通市内循環のバス停「春日大社表参道」の近くに見過ごしそうな小さな池がある。目を凝らすと「雪消澤(ゆきげのさわ)」と彫られた石柱がひっそりと立つ。雪が消える早春、摘み草の名所として古歌にも詠まれた。

 

 うだるような暑さが続いた7月末、飛火野を訪れた。青空が一転、真っ黒な雲に覆われ天候が急変した。ゲリラ豪雨だ。雷が鳴り響き、地面にたたきつける大粒の雨は30分ほど続いた。再び日差しが戻ると、鹿の大群に遭遇、公園デビューしたばかりの子鹿の姿もあってほほ笑ましい。西日に照らされる池はきらびやかだ。芝は潤い、元気を取り戻したように見て取れる。野守の水鏡とダブらせてみてはいかがだろうか。

 

芝生の野に鹿が群れ遊ぶ=同

 

 

時空操る鬼神の舞

「野守」(夢幻能、五番目物)

 

 【解説】『万葉集』にある額田王の有名な歌「あかねさす―」にも出てくる「野守(のもり)」。野守とは禁猟の野の番人のこと。雄略天皇(天智天皇と記したものもある)が鷹(たか)狩りのとき、逃げた鷹を野守が池に写る姿で見つけたという故事から、影が映る野中の水を指す「野守の鏡」は、たびたび古典に登場する。

 

 能「野守」(世阿弥作)は、大峰葛城の山に参る山伏(ワキ)が春日野を訪れ、居合わせた野守の翁(おきな、前シテ)に、近くのいわくありげな池について尋ねる。翁は、自分のような野守が姿を映すので、いつしかこの池のことを「野守の鏡」というようになったと伝えるが、本当の「野守の鏡」というのは、鬼神の持っている鏡のことだと話す。

 

 また、この池に映って逃げた鷹の行方が分かった故事が歌に詠まれたことを山伏に教えたところ、山伏は本当の「野守の鏡」が見たいと言い出す。翁は恐ろしいものだから(池の)水鏡を見るだけにするよう言い、塚へと消える。(中入)

 

 里人(アイ)に野守の鏡の名の由来を聞き、あの翁は鬼神の化身だろうと言われた山伏は、奇特を喜んでますます見たい思いが募り、鬼神の鏡を見せてもらえるように一心に祈る。

 

 すると、野守の鏡を持った鬼神(後シテ)が塚の中から現れ、鏡に天地四方八方、世界のはて、地獄道を映して見せ、大地を踏み破って地獄の底へと帰っていく。

 

 翁が「本物は恐ろしい」と言ったのはこの鬼神が「地獄からやって来た鬼で、閻魔(えんま)さまが審判に使うものすごい鏡を持っている」から。この鏡は浄玻璃(じょうはり)の鏡で死者の生前の善悪の所業を映し出すという。

 

 この鬼の装束は赤頭。「春日龍神」や「猩々(しょうじょう)」も同じで神体や龍神、鬼畜に用いる(ちなみに怨霊は黒頭。老体などに用いる白頭もある)。面(おもて=能面)は地獄の鬼などに用いる小 見(こべしみ)。顎にぐっと力を入れ、口を一文字に結んでにらんだ顔に緊張感が漂う。面と演者の目の位置は合っておらず、たいていの演者は口のわずかに開いた穴から外を見るという。口を閉じているこの面では、視界がさらに狭いだろう。それをみじんも感じさせない演者はいつもすごいと思う。

 

 演出家でもあった世阿弥は鬼について、鬼の姿はしているが心は人の「砕動風(さいどうふう)」と、力強く見る人を驚かすくらい怖い「力動風(りきどうふう)」に分けて演じ方を自身の著書に述べている。この能の鬼は後者。のちに世阿弥は前者に傾倒していったので、このような地獄の鬼が出てくる演目は少ない。髪を振り乱し山伏に説くさまは、まさにバーチャルの世界。今なら大層な装置を付けて見せる天界(宇宙)や地獄など異次元の世界を、四角い空間の舞台で演者が縦横無尽に舞い成立させる。これが600年ほど前にすでに完成していた。能が空間を操る優れた舞台芸術といわれるゆえんである。(藤田早希子)

 

大地を踏み鳴らす後シテの鬼神。
写真は小書(特殊な演出)が付いていたのでシテは白頭だった=5月2日、東大寺で行われた「慶讃能」から

 

 

<能楽用語>

 

 【世阿弥】ぜあみ、1363~1443年(諸説あり)。大和猿楽の座の一つ結崎座(後の観世座)で活躍した能役者。名は元清。観阿弥(かんあみ)は父。

 

 【夢幻能】ワキが見た夢、幻という構成で描かれている能のこと。世阿弥が形式を確立した。能は夢幻能と現在能の2種類に大きく分けられる。

 

 【五番目物】能はシテによって五つに分類される。五番目物は鬼畜物。演じる順番も決まっていて、五番目物は一日の演能の終わりに演じられるので、物事の終わりを意味する「切り」をつけて「切能(きりのう)」と呼ぶ。

 

 【シテ】主役。能が前場(まえば)と後場(のちば)の二つに分かれている場合、それぞれに出てくるシテを前(まえ)シテ、後(のち)シテと称する。

 

 【ワキ】脇役。物語の進行に大変重要な役目がある。面はつけない。ワキ方が務める。

 

 【中入】なかいり。シテが装束を変えるためにいったん舞台から退場すること。

 

 【アイ】漢字では「間」と書く。前場と後場をつなぐ重要な役目がある。シテにまつわるいわれなどを語る。狂言方が務める。

 

 

 

2023年11月11日付・奈良新聞に掲載

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