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大和の食文化探訪 奈良県立大学客員教授 岡本彰夫氏インタビュー

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記録に残る大和の食文化復興

 日本文化のはじまりの地、奈良では数々の食文化が栄えてきた。しかし、その中には歴史の中でいつからか途絶えてしまったものもある。そうした社寺に伝わる大和伝統の食事や数々の門前菓子を調査、復興に尽力してきた、元春日大社権宮司で奈良県立大学客員教授の岡本彰夫さんにお話をうかがった。

 

奈良県立大学客員教授 岡本 彰夫氏に聞く

 

奈良県立大学客員教授 岡本 彰夫氏

 

 

寺社に伝わる「フルコース」再現

 現代では、中世寺院の食事は東大寺に伝わる古式の精進料理「結解(けっけ)料理」しか残っていませんでした。この料理は大きな法要の後、皆でねぎらいながら食べたものだろうといわれています。お給士の都合で偶数人数での参加と決まっていました。1度、東大寺のお坊さんに頼んで食べさせてもらったことがあります。手向山八幡宮にお神酒をあげてから、2時間以上かけてゆっくり食べるフルコースです。


 結解料理しか現代に残っていないことが非常に寂しいと感じ、10年ほど前、興福寺に許可をとってお膳を再起しようと考えました。春日大社では現在、祝いの饗膳、東大寺の結解料理と興福寺の嘉儀之饗應膳(かぎのきょうおうぜん)が残されています。南都2大寺の中世以降のフルコースが復元されているのです。暗い部屋でロウソクを立てて食べる儀式ばったもので、大和の食文化の高さがうかがえます。

 

 

明治に消えた興福寺のお膳 「嘉儀之饗應膳」

 田楽奉仕を大切にしていた興福寺は、必ずおん祭りの装束を新調するなどお世話をしていました。田楽当坊という大切な役職があったのです。当時は田楽能と猿楽能があり、お互いに芸のしのぎを削っていました。ところが足利将軍家は猿楽能(観阿弥・世阿弥)を大切にしたため、田楽能がすたれていきました。そこから大和地方に存在した四つの猿楽座である『大和猿楽四座』ができ、のちにそれぞれ「金剛」「金春」「宝生」「観世」の四流となります。


 五番立ての能を観覧しながら食事をする際に出していたご馳走が、明治以降はなくなってしまいました。しかし、毎年役を回していくために細かい記録が残されていたので、それをもとに再現をしました。それが嘉儀之饗應膳です。

 

 これも結解料理と似ていて食べ終わるのに2時間以上かかります。「初献」が並んだら、酒と肴(芋やにんじんやごぼうを炊いたもの)を先に頂いてから膳をいただきます。「二献」「三献」も同様に、まず酒と肴をいただいてからお膳です。それが古い食べ方なのです。東大寺の場合はここで終わりでしたが、興福寺の場合は中酒が出てきます。肴はなしで、量は多くなく一杯飲むだけです。そのあと、ご飯と汁物、そしてお菓子の詰め合わせのお土産が出て、お抹茶を一服のんで解散します。

 

 

古式ゆかしい素麺レシピ

 その中で変わったものといえば、二献目に食べる素麺(そうめん)です。辛子(からし)と梅干しで食べるのです。まだ醤油(しょうゆ)が発展していない時代の食べ方が残っていたということです。鎌倉時代や室町時代は十分に遡(さかのぼ)る、古いレシピであることの推測がつきます。東大寺の素麺はおつゆがぶっかけになっていました。ただしその横に辛子と梅干しは添えられていました。おそらく、もともとは辛子と梅干しのみで食べていたのでしょうが、その食べ方は喉に詰まります。だから途中で工夫して進化したのだろうと思います。

 

 4月1日に大和神社で営まれる「ちゃんちゃん祭り」では、素麺を辛子と梅干しで食べるしきたりが残っていると聞きました。民俗的にその食べ方が残っているのでしょう。このように拾い上げていくと古式の食べ方も、わかってくることがたくさんあります。

 

春日社若宮祭図解に残されている素麺の食べ方

 

 

お供えを辿るとわかる神仏の食事

 そして忘れてはならないのが、人が食べるものではなく、仏さんと神さんが何をお食べになるかということです。神さんは毎朝毎晩お食事をあがります。神社のお供えはものすごくバリエーションがあります。春日大社のお供えは毎月、各荘園から届くもので、神社で調理してお上げします。よってお供えを調べていくと、どこで作っていつ頃できたものかが詳細にわかることになります。こういう記録というのはあまり全国でも残っていないので貴重な食の遺産になります。

 

 それがいつの間にか「大和にうまいものなし」ということになって、食については非常に貧相な状態になってしまいました。もっと大和の食文化を掘り下げたら豊かな食の世界が出てくると思います。

 

 

記録に残る2大菓子 奈良のわらび餅と火打焼

 明治ぐらいまではいろいろなお菓子がありました。奈良の2大巨頭のお菓子として、東大寺は参道でわらび餅を売っていました。伝説ですが、東大寺のお坊さんが若草山でわらびの根を掘ってきてわらび餅を食べたという話があります。資料では元禄時代くらいまでは確かに遡ることができます。

 

 もうひとつは、春日の火打焼です。今も細々と残っています。ただ、それが江戸時代に食べられていた火打焼かどうかが疑問です。今の火打焼は求肥を焼き目を付けてこしあん入れて作っています。

 

 「なんどは春日の火打焼」という言葉が奈良には残っています。家に帰宅した子どもが「お母ちゃん!なんど(なにか)おくれ!」と言うと、「火打焼食べときな」というやり取りから伝わる言葉です。当時はひとつ2文だったという記録があります。興福寺の大乗院さんがお出しになったお菓子だという記録もあるので、広く親しまれたお菓子だったといえるようです。

 

 

日本文化の根底につながる「大和の食」

 奈良の食の魅力は素材のおいしさです。奈良は農業においてものすごく工夫した土地です。奈良盆地は水がない場所で、吉野川分水ができるまで水で非常に苦労したのです。

 

 田んぼと畑を交互に行う、田畑輪換 (たはたりんかん)農法を行い土地に栄養を与えながら作物を育てて来ました。その工夫の結果、大正時代には、日本中で田んぼ一反あたりの収穫量がとても多かった記録が残っています。

 

 日本の基盤は農業国家ですから、農業で文化が成り立っています。農民は抜け駆けをせず同じ歩調で歩かないと皆が幸せになれない、それは日本の文化の根底にあるのです。それが狩猟民族の外国資本的な弱肉強食の考えがでてきておかしくなってしまったのです。

 

 一神教の国は戦争がおきてしまうことが多いです。日本は多神教なので多様性の価値観をもっています。奈良で人から人へ伝えてきたことなど、日本人がこれからどういうふうに世界の役にたっていくのか、あらゆる方面から検証して会得していかなければいけないことです。食べ物、お酒、農業、染色などさまざまなところから日本人の知恵と工夫を学んでいったらいいと思います。食というのはそのひとつの切り口として全てがつながっていくと思います。

 

 

伝統菓子を再興、紹介

 6年前に、岡本さんの監修で県の産業振興総合センター商業サービス産業課が発行した大和の伝統お菓子の本「奈良 菓子匠帖」では、「宇陀のきみごろも」や「さつま焼き」、「みむろ最中」、「だんご庄のおだんご」など皆が親しむ県の伝統菓子を紹介。また、岡本さんが長年再興に力を注いできた伝統菓子も紹介している。岡本さんの監修で再興されたお菓子の中から、二つを紹介してもらった。

 

奈良 菓子匠帖

 

 

居伝坊(いでんぼう)

 おん祭りの流鏑馬の大和士(さむらい)が馬に乗る前、「乗出しの祝」のためにお神酒をいただきます。その時の酒の肴にするお菓子が「居伝坊菓子」でした。味噌、ゴマ、山椒(さんしょう)、小豆などを入れて練り上げた甘辛いお菓子です。2012年に老舗料亭の菊水楼が資料を元に復元してくれました。おん祭りに奉納するため作ってくれたのです。文献を元に一所懸命研究して再現してくれました。現在も毎年おん祭りにお菓子が奉納されています。居伝坊お菓子をアレンジしたおかず味噌「好み居伝坊」も作りました。

 

 菊水楼で現在販売はしていませんがおん祭りの時期のお店の献立に『好み居伝坊』が使用されており、食べることができます。

 

 

女夫饅頭(めおとまんじゅう)

 かつて奈良県桜井市黒崎で伊勢参り、長谷参りの旅人相手の土産物とした饅頭です。江戸時代末の観光案内書「西国三十三名所図会」の大和の部に絵とともに登場しています。奈良産の酒粕の風味と餡が夫婦のように引き立てあう白色が上の紅白の薯蕷饅頭。

 

 製造が途絶えていたため「大和隠国の里 やまとびとこころ店」が復刻を計画し、樫屋の喜多誠一朗さんが60年ぶりに再現しました。現在は長谷寺の参道「やまとびとこころ店」(桜井市初瀬)カフェで食べることができます。テイクアウトも販売。3個入り1140円・6個入り2280円・12個入り4560円(土日祝のみ午前11時から午後3時営業)

 

 

再現された女夫饅頭

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