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河瀨直美映画の撮影監督、百々新。企みが広げる生き様の目撃方法

名刺の肩書は「部長 フォトグラファー」

働き方改革、ワーク・ライフ・バランス、パラレルキャリア、副業といったワークスタイルや働く環境に関する言葉を耳にすることが多くなりました。従来の、定年まで一つの会社で働くという意識が徐々に薄れ、好きなこと、得意なことを追及していく中でキャリアが形成されていくような人もいます。

大阪で生まれ、奈良で育った百々新(どど あらた)さんは、現在東京で広告会社のクリエイティブ企業に勤めながらも、写真家として3冊の写真集を出したり、映画の撮影監督を務めたりしています。2013年に第38回木村伊兵衛写真賞を受賞。2017年には初めて撮影監督として参加した河瀨直美監督の映画『光』が公開に。翌年の2018年、河瀨直美監督の映画『Vision』で再び撮影監督を務め、更に京都を3年にわたり撮影した写真集『鬼にも福にも ーもうひとつの京都ー』を上梓しました。

 

―― お勤めされている会社での役職は(名刺を見ながら)部長、フォトグラファーとあります。普段はどのような仕事をされているのでしょうか。

 

僕が所属するフォトクリエイティブ事業本部には、23名のカメラマンが在籍しています。仕事の基本は広告写真の撮影です。タレントを撮ることも多いですし、撮影とは別に後進の育成、採用なども行なっています。

 

―― 会社に勤めているカメラマンの場合、どのように仕事が進むのでしょう。

 

広告写真の場合、世の中にいるカメラマンの中から“この案件を誰が撮るといいのか”というところで判断されます。大きな仕事になればなるほど、競合と比較されますし、完成までは時間も要します。

 

―― 広告のポスターで見たことのある写真もたくさんありますね。こういった広告写真の撮影ではどのようなことを意識しているのでしょうか。

 

広告の仕事には、企画やテーマがあり、依頼されて始まります。経済ですから、ものが売れるように、心がひっかかるようにと意識して撮影しています。

 

―― ご自身の作品ではどうなのでしょう。2018年に写真集を出版されましたが……。

 

常に“なにかを撮りたい”とか“撮っていたい”という思いはあるけれど、撮影したものがすぐ作品になるわけではありません。テーマも含めて、いろいろなことに悩みながら、アンテナを張り、方向性を探しながら、写真を撮っていって作品にしていきます。

 

―― 視座や表現など、広告写真とご自身の作品の撮影で違うところはあるのでしょうか? 

 

もちろん広告写真と自分のパーソナルな撮影というのは発想や、仕上げ方、プロセスも含めて定着のさせ方は異なります。僕は自分の作品の中から“ものを見る目”や“写真の価値観”みたいな何かを判断する基準が生まれて、基軸になっていると思っています。どういう目をもつか、どういう思想性をもつかは、日常性から作品を撮っているからこそ、導き出されると。

 

―― 作品にまとめていく過程で、ものを見る目を磨いてきたということですか。

 

カスピ海を囲む国を写した『対岸』は、僕が学生の頃から(撮っていて)26歳の頃初めて出した写真集『上海の流儀』から発想しました。でもそこに行きつくまでに10年かかっているんです。その間は、広告写真を撮っていました。技術的なことも含めて色々高めていく中で、自分が今生きている現代で、“何を見ておかないといけないか”とか、“何を見ておきたいか”にぶち当たった時期があって。その時にカスピ海が浮かんだんです。

 

カスピ海を囲む国の人々を写した写真集『対岸』   (提供写真)

 

どんな人が生きているのか、目撃しにいく

赤い帯の写真集が『上海の流儀』

 

―― 写真集『上海の流儀』は1994年から1999年にかけて撮っていますね。

 

当時の上海で(それまであったものを)どんどんぶっ壊して、どんどんビルを建てている姿を見た時、風景や、人の在り様は、もう今しか見られないものだろうと思いました。写真集に寄せて東松照明さんに「実に懐かしい」と書いていただいたことに象徴されるように、その時にしか撮れない写真の記録性みたいなことも含めて知っている、目撃している、見ていることが、僕の中の“写真”かなあと思っています。

 

―― その次の写真集『対岸』では、カスピ海を取り巻くロシア、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、イランの5か国を訪れています。

 

上海を撮ったことをきっかけに、シルクロードに思いを馳せていたこともありますが、「カスピ海」という地域の写真は文献でもあまり見たことがない。世界一の湖だとは、当然知っていましたが、どんな顔をしていて、どんな考えを持った人が生きているのかは、あまり知らなかった。だからこそ、こういう生活をしていて日本人である僕が、それと何が違うのかを目撃する旅だったんですよね。

 

―― 「目撃」という言葉からは写真家でありながらジャーナリスト的な視線も感じます。

 

ジャーナリストって言われると、ちょっと照れくさい(笑) もう少し感覚的な感じでやっていて、誰かに何かを伝えたいとか告発したいという思いはあんまりないんです。僕は人間に興味があって、そこで生きる人間の有り様を目撃して、その仕方も、基準は“今の自分とどう違うか”、“世界の中でどうか”ってことなんです。いいとか悪いとかではなく、やっぱり僕は広告的なものも含めて、仕事として写真をやっていることからくる価値観も持っていて。今、日本だけではなく、世界がどこに向かおうとしていて、自分達が生活する中でどういうことを目指し、”果たして自分は何を見て生きていきたいのか”を考える軸になっているような感じはします。

 

―― 中国やシルクロードへの関心は奈良で育った影響からくるのでしょうか? 

 

そこは、自分でもまだわかっていないんです。大阪で生まれて、ほとんど奈良で育って。学生時代に写真を始めて、上海っていう街に出会いました。やっぱり旅をしたかったんです。沢木耕太郎さんの『深夜特急』を読んで。知らない世界をさ迷い歩くことにも、先人の写真家が撮っている写真にも憧れを持っていて。それなのにその時代の上海に6年間で9回も通ってしまったんです。

 

―― 色々な国を巡る旅ではなく上海へ。

 

6年の間、旅をせずになぜか上海に行ってしまったというのが、多分僕の原点。「旅して流れていくよりも、上海で気づいたことをなにか一つ形にしたい」と通い続けた結果が1冊の本になりました。シルクロードに対する憧れはその頃からありましたし、奈良出身はあんまり関係がなかったんだけれど(笑) ただ、なんとなく自分の中で地図がつながってくるんです。

 

―― 「地図がつながってくる」とは、どういうことでしょう? 

 

カスピ海に行った後、2018年に出した京都の写真集『鬼にも福にも ーもうひとつの京都ー』も、渡来人がやってくる入口は舞鶴や丹後半島です。確実に奈良に帰ってきているような(笑) たまたまというか、自然とそういう道筋になっているのかなって最近思うようになりましたね。

 

―― 海外に行ったつもりが、巡り巡って戻ってきていたと。

 

そうですね。やっと帰国するみたいな(笑) そういう意味では奈良なんですよね、やっぱり。

 

 

写真にできることは言葉にしない

2018年に上梓した写真集『鬼にも福にも ーもうひとつの京都ー』 (提供写真)

 

―― 写真集を拝見すると、どれにも地図や情景が浮かぶような文章が載ってます。他の写真家さんの場合、あまり詳しい情報が載っていないことも多いように思うのですが。

 

僕が上海に通っていた頃、大阪の新聞社でカメラマンのアルバイトをしていました。休みの度に僕が上海に通っているのを知っていた編集者が「それだけ行っていたらおまえ、おもろいことあるやろ。なんか書いてみい」って言われて書いたのが始まりです。結局、(写真と組んで)10回連載しました。それがきっかけで、“書く”ことも少しやっているんですけど。

 

―― 写真集『上海の流儀』に載っているのは当時連載したものの原案なんですね。

 

1994年から1999年、19歳から25歳、今から考えると何もわかっていないけれど、おもしろい時期に、一人の若者が自分の生まれた土地とは違う場所に出会って、その瞬間に感じたことをつらつら書く。写真だけじゃない何かが残っていると思います。

誰に教わったのかは忘れたけれど、「写真にできることを言葉にするな。言葉にできないことを写真にしろ」という言葉があって、キャプションや説明文にしても、写真に書いてあることをなぞっても意味がない。タイトルやキャプションをつける時は写真を限定するのではなく、いかに想像力を膨らませる一言を書くかを考えています。それと同時に、撮る時は言葉で説明できるようなことは写真にしない。

 

―― 写真集を見たり読んだりしていると、その土地の匂いまで漂ってくるような気がします。

 

『上海の流儀』をまとめたからこそ、『対岸』ができたし、その後、京都をこういう風に撮る。経験したことの中で、何を見るべきか、何をしたいかを考えて次の発想に進めるから。逆の順番では多分撮れないんです。場所を選ぶことも、写真を撮ることも、言葉を選ぶことも、積んできてやっているのかなって思うんですよね。

 

「企み」で広がる仕事の幅

―― 会社に勤めながらも自分の作品を撮ったり、新しい取り組みで映画の撮影もしたりと仕事の幅が広がっていっています。そういう働き方をすると予想していましたか? 

 

いやいや、予想してないですよ(笑) 写真家は一人でもできる職業で、僕の友達も専門学校の講師と兼務している人が多いですね。それとは違う方法論というのがあって……。20年前位に(就職した時は)広告の制作事業会社ですから、毎日じゃないけれど徹夜を覚悟しながらも、自分が撮っているパーソナルなものは忘れずに続けたいという思いを持ちながら、技術的なことをちゃんと身に着けてフリーランスになればいいと思っていました。それができないなら、その時考えようと。

 

―― 会社に就職するという方法をとってみて、実際はどうだったのでしょうか。

 

自分が作りたい、写真を撮りたいと本気で思っていればできるような環境だったんです。もちろん、会社員だけれど、写真家というかカメラマンだから、やっぱり個性がいる。日常的に“人とは違う作品を撮れ”と推奨するわけです。しっかり休みをとって、その時に作品撮りもすればいいという環境でした。人気商売でもあるから、断りすぎて仕事が来なくならないように自分で調整して、「次はここなら休めるな」と企みながら、作品を撮り続けています。

 

―― 「企み」が必要なんですね。仕事の幅は映画へと広がっていきました。河瀨直美さんの映画『あん』ではスチールを担当しています。

 

映画は、タイミングがラッキーでした。広告写真の有り様もサイネージや、動画配信が多くなっている世の中で、グラフィックだけではなく、動画も含めてやっていかないとダメだよねという旗を振りだした時だったんです。『あん』の時は河瀨さんが初めて東京で役者を使って撮影するからと声をかけられました。河瀨さんとは昔からの知り合いで、僕が木村伊兵衛賞を受賞したこともあって。僕も仕事をしながらいろんなことをやっているから、さすがに2か月も拘束されるのは厳しくて、必要なカットや、記録は撮るけれど、僕なりに撮りたい写真は(役者を)連れ出してでも撮るという条件で。

 

―― その時はどの位の期間で撮ったのでしょうか。

 

春と初夏と秋の3回に分けて2週間ずつぐらい、樹木希林さんや永瀬正敏さんと、色々映画以外もいっぱい撮ったんです。初夏を撮り終わった時、僕の写真をばーっとセレクトして見せたら、河瀨さんが卒倒したんですよ。当然、僕はそれくらいするつもりで写真を撮ったし、まあ僕としては、してやったりですけど。まさか、その次の作品で本編を撮るっていうのは……まあ少しは企みあったというか(笑) 

 

――  その“企み”の中にはどのようなものがあったのでしょう。

 

大体こう……飽き性なんですよね。何か既視感のない、新しいものを見たい、経験したことのない、新しいことにチャレンジしたいという思いが強くて、それをやるためには、どういう風に今動かないといけない、どう反応すべきかがあると思うんです。写真を撮ることも、世界が360度ある中で、下手したら5㎜横でも上でも下でもなく、“ここじゃなきゃ”と決めて、その瞬間に撮ることが、いろんなことを決断していく作業だなと思うんです。常にフルショットではできないんだけれど、緩急つけて、一つ一つ何を選ぶかを大事にしながら、写真を撮る、判断している感覚があります。

 

 

―― 撮影監督として参加することは「チャンスだと思った」そうですね。

 

『光』の時で2か月半くらい。『Vision』の時で3か月。作る、撮るという意味では未知な部分でもありました。ただ、技術的なこと以上に、どういう形でものを見たいかを色々試せると思ったんです。できることと、できないことさえ曖昧な中に飛び込んでいきながら、必死に「見る」。映画にはシナリオがあるけれど、写真集という自分の作品を作っていくプロセス…修正しながら、歩みながら、欲しいものをとりに行くことに、近い形で、丁寧に積み重ね撮っていくことはものすごくおもしろかったし、それが映画の魅力だと強く思いました。

 

―― 『光』の後、『Vision』でも撮影監督を務めましたね。撮影監督とは、どういったことをする人なのでしょうか? “カメラで撮る”というのはわかるのですが。

 

チームによってだいぶ違うと思いますが、河瀨組の場合は、いわゆるドキュメンタリースタイル。普通は映画でもCMでも、「こういうシーンを取ります」とリハーサルをします。監督、カメラマンが見ている中で1回やってみて、「こう撮ろう」って決める。現場で多少の変更はあるかもしれないけれど、CMは絵コンテでカット割りまで全部決まっています。

 

―― “ドキュメンタリースタイル”の場合は? 

 

“見る”っていうのが、極端な言い方ですが、河瀨組の撮り方なんです。2人の人間がここに放り込まれたらどういう反応をするのか。そういう檻に放り込まれるみたいな(笑) それをまさに目撃するんです。河瀨さんは、衝動であったり、人間の反応に、何か力が宿ると信じて、そういうスタイルをとっています。そんな檻に放り込まれても大丈夫なカメラマンということで(笑) 僕は、写真を撮る時には、連続シャッターはしませんが、映画は1コマ1コマ連続写真を撮るような感覚ですね。

 

カメラは思考の源泉

 

―― ご自身を「飽き性」だとおっしゃいましたが、上海やカスピ海など違うところで生活を送っている人たちに会ってから、日本に帰ってきた時、奈良の見え方が変わっていたり、新しい発見があったりしますか? 

 

当然色々な文化に触れれば、その土地の魅力や、なぜこういうことになっているのかも含めて感じて、考えます。奈良の根底にあるものが、もちろん東京ともまた違うし、“先人が作ってきたもの” “歴史がある”など、大事なキーワードがたくさんあるとは思います。奈良あるいは京都には日本の源流みたいなところがあるし、それは、僕も生き方の中で、これからどうやってフィードバックしていくか、もっと勉強したり、考えたりしながら、何を選んでいくのかなって思う場所ではありますね。帰ってくると。

 

―― お話をうかがっていると、シャッターを押す度に考えが増えていくといいますか、カメラが思考の原点になっているというような印象を受けます。

 

そうですね。『鬼にも福にも ーもうひとつの京都ー』でも、もっと空がきれいな瞬間とか、風景や祭りごとも含めて色々ありました。でも、全てを網羅して見ることはできない。だから、“何を選んで見るか”。ハレの日だけではない、土地が持っている組成みたいなものに、ちゃんと出会って、見て、練習することですかね。

 

―― 練習ですか。

 

たとえば、仕事でもいい写真を撮る、女優さんを綺麗に撮るなど、ある程度の方法論は、もう20年もやっていればなんとなく見えてはきますが、果たしてそれでいいのかっていう自分もいます。それは世界中の写真家が考えていることかもしれません。

これだけインスタなどが流行り、写真を見たり撮ったりすることに抵抗のない時代だからこそ、やればやるほどおもしろくなります。ただ、そこでやっぱり(写真家は)どう違うのか問われてくる。もちろんその一枚の写真だけでは語れないけれど、その一枚にたどり着くプロセスや、これから進んでいく道は意識しないと、多分つながっていかないし、おもしろくないのかなと思います。

 

―― 次の“企み”はありますか? 

 

まだオフィシャルには発表されていませんが、今年の冬に奈良で写真展が決まりました。以前、上海をやっている頃の1998年に奈良市写真美術館の『新鋭展‘98』に若手3人で奈良の写真を展示させてもらいました。その後、2013年に木村伊兵衛賞を受賞して、ふるさとを撮るテーマでも奈良を撮っています。(展示会は写真集の)3冊を並べれば成立はするけれど、そこで欲というか企みがあって、育った場所である奈良へ帰ってきた感じにしたいんです。そしたら、「あぁもうちょっと新作で奈良を撮ろうかな」と考えたり、(海外で)次へつながるようなことを撮り始めたりしようかなとか。それの欠片を並べられるとおもしろいんじゃないかなとか。

 

―― 次につながる欠片がちりばめられた展示は楽しみです。

 

奈良を起点とした……起点なのか、終点なのかわからないけれど。そういうことを紐解きながらやっていくと、写真家人生を続けていく原動力になるかなと思います。もちろん最終的には、どうなるかわからないけれど、自分がやってきたことも含めてヒントにしながら繋げていくと、濃くなっていく部分があって、それが仕事になったり、生き方、考え方が変わるような発見につながることがおもしろいと思います。

 

―― ありがとうございました。

 

 

百々新(どど あらた)

1974年 大阪生まれ、奈良県育ち。大阪芸術大学写真学科卒業。写真集は『上海の流儀』(1999)、『対岸』(2012)、『鬼にも福にも ーもうひとつの京都ー』(2018)。受賞歴にコニカ新しい写真家登場グランプリ(1995)、日本写真協会新人賞(2000)、第38回 木村伊兵衛写真賞(2013)など。その他にもNY ADC 審査員特別賞(WWF)(2004)、APA広告賞、特選賞(2009)、APA広告賞(2011)。  

2017年、河瀬直美監督作品『光』で初撮影監督。同作品は第70回カンヌ国際映画祭エキュメニカル賞を受賞。

河瀬直美監督作品『Vision』(2018)でも撮影監督を務めた。

ホームページ http://dodoarata.web.fc2.com/index.html

 

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