金曜時評

高松塚壁画発見50年 美談ではいけない - 論説委員 増山 和樹

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 高松塚古墳の極彩色壁画(国宝)は今年、発見から50年の節目を迎えた。調査に当たった関西大学の学生たちが石室の奥に「絵のようなもの」を見つけたのは、昭和47年3月21日のことだった。

 

 平成14年3月の奈良新聞には、高松塚古墳の前でにこやかに談笑する人々の写真が掲載されている。発掘30周年の「同窓会」に集まった当時の学生たちで、恩師の網干善教関西大名誉教授らと現地を訪れた。「発掘のいろはを高松塚で教えられた」「高松塚は忘れられない思い出」と語る参加者たちに、網干氏は「高松塚発掘の意義がみんなの人生の中で生き続けていることを知って本当にうれしい」と顔をほころばせた。実はその頃、石室の中では壁画の劣化が進み、西壁の白虎は消えかけていた。文化庁などごく一部の関係者だけが知っていたその事実は、平成16年に発行された写真集で明らかとなる。

 

 その後の歳月は高松塚古墳にとってあまりに厳しい。壁画修理のため石室は解体され、天井や床を含む15枚の石材は、明日香村内の仮設修理施設に寝かされている。今後の焦点は修理された壁画をどこでどのように保存するかに移るが、忘れてならないのは石室解体が決して美談ではないということだろう。

 

 もろくなった壁画を石材ごと取り出す難事業は、関係者の精魂傾けた努力と経験で成し遂げられた。気の遠くなるような修理作業も同じだ。国を挙げたプロジェクトは成功したが、全ては現地で壁画を守れなかったことが原点にある。壁画の劣化が世間の知るところとなって以降、文化庁によるずさんな管理も次々と明らかになった。

 

 高松塚古墳は国の特別史跡であり、現地で保存修復すべきとの声も強かった。最終的に石室解体という荒療法が選択されたが、難事業の成功により、劣化の経緯や現地保存の重要性がかすんだように思える。国宝の壁画が国民に知らされないまま劣化し、石室解体に至ったことを、壁画発見50年の今、改めて考え、文化財行政の糧とする必要がある。

 

 壁画はキャンバスに描かれた絵画ではなく、被葬者を埋葬した石室の一部だ。墳丘に戻すのが難しければ、できる限り近くで保存すべきだろう。

 

 1300年残った壁画はわずか50年で劣化し、みずみずしさを失った。先人が残した文化財を次代に伝える意義を考え、噛みしめる年としたい。

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