特集奈良の鹿ニュース

金曜時評

ムチではいけない - 論説委員 増山 和樹

 県内で新型コロナウイルスの感染者が初めて確認されて1年が過ぎた。1年の動きを振り返ろうと、当時の紙面を繰ってみた。2月14日に行われた長谷寺の伝統行事「だだおし」は、カメラを構えた人々が、肩を寄せ合うようにして鬼にレンズを向けていた。同じ月の23日には、初場所で優勝した徳勝龍関の祝勝パレードが奈良市内であり、写真を見る限り、群集のほぼ半数がマスクを着用していない。

 それから1年、入院拒否に懲役刑さえ検討される事態を誰が予想しただろう。新型コロナの感染拡大は、社会を急速に変化させた。街中でマスクを着けずに歩いている人を見つけるのは難しい。酒場から足が遠のいた人も多いだろう。互いの距離や密度を気にせず人が集まる機会もなくなった。コロナ後がいつ来るのか、それがどのような社会なのか、ワクチン接種を目前に控えた今も明確には見通せないのが実情だ。

 将来への不安を誰もが拭えない中、感染症法の改正案に「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」を盛り込んだ与党の感覚を疑う。野党側の猛反発を受けて撤回したが、当然だろう。罰金は行政罰の過料にとどめ、金額も50万円以下とする。

 罰を科されるのはよほどのケースであろうし、患者の健康状態が優先するのは言うまでもないが、いつ誰が感染者となるか分からない中、刑事罰は国民の不安を増幅させるのではないか。特別措置法の改正案では、緊急事態宣言下で休業や営業時間の短縮に応じない事業者に「50万円以下の過料」も盛り込まれたが、瀕死の事業者をさらに追い込むケースも考えられる。悪質性を踏まえた慎重な対応が必要だ。

 国内の累計感染者は37万人を超え、県内でも3千人に達しようとしている。大阪府では27日に発表された死者数が最多の23人に上った。対応の遅れがクラスター(感染者集団)の発生につながることもある。知事の命令に確実性と即効性を担保するため、罰則はあってしかるべきだろう。

 だが、最後にまん延を食い止めるのは国民一人一人の自覚と意志だ。そのためにも、なぜ法律を改正するのか、政府は言葉を尽くして説明する必要がある。運用する知事も同じだ。法改正が単なるムチになってはならない。

 改正案が成立すれば、新型コロナ対策は新たな段階に入る。ワクチン接種の開始と合わせ、収束への序奏としなければならない。

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