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国原譜

県庁は明治20年に県が設置されたとき以…

 県庁は明治20年に県が設置されたとき以来、南北に長い県域北端の奈良公園内にあって地理的に偏っている。そう指摘する県議会の決議がある。

 平成30年2月定例県会に提案された「県庁の橿原市周辺への移転を求める決議」だ。議長を除く出席40人中、23人の賛成を得て採択された。

 京奈和自動車道やリニア中央新幹線の整備など、変わりゆく県内の状況も見据え、今後は中南部地域の潜在力を引き出すことで県全体の均衡と持続的な発展を実現するべきと主張。

 その起爆剤として、かつて平城京以前に日本の首都が置かれていた県内第2の都市、橿原市周辺への県庁移転、いわば「還都」を提案する。

 もちろん膨大な費用がかかることは想像に難くないし、荒井知事も同案には反対。ただ本気で検討してみれば県側はともかく、地元サイドに新たな意識を生む可能性はありそうだ。

 採択から間もなく2年。決議には法的根拠がなく議会の意思表明にとどまるが、明文化された内容は残る。市町村合併の議論では動かなかった地域性に新たな光を当てる同決議の意義を見直してみたい。(松)

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