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国原譜

奥の手、奥の院、奥座敷。 「奥」の字を…

 奥の手、奥の院、奥座敷。「奥」の字を使う熟語は多いが、いずれも「表」となる対象があり、より深く特別な印象を受ける。

 江戸城本丸の大奥は将軍が政務を執る「表」や暮らしの場である「中奥」と銅塀で区画され、「お鈴廊下」が唯一の出入り口だった。将軍が渡る際は鈴のひもを引いて知らせたという。

 では、奥大和と聞いて想像される地域はどこだろう。漠然と吉野郡や宇陀郡を思い浮かべる人が多いかもしれない。実際は御所市や明日香村、高取町も奥大和に含まれ、面積では奈良県の7割以上が「奥」となる。

 県の冊子には「広~い面積にポツポツと集落がある奥大和」と紹介されているが、住民の中には違和感を持つ人もいるだろう。

 奥大和は過疎対策や移住促進に向けた県のイメージ戦略の中で誕生し、県内に古くからある国中(くんなか)や山中(さんちゅう)などの呼び方とは異なる。

 奥大和が県の冊子で産声を上げて今年で5年。山中に国中の一部を取り込んだ区分とも言えそうだが、これからどのように成長し、その輪を広げていくのか見守りたい。(増)

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