歴史文化

【連載】奈良と富士<1>地元で親しまれている「ふるさと富士」

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 2月23日は「富士山の日」。高く美しく神秘に満ちた富士山は、古くから私たちの心をひきつけてきました。遠く離れた奈良でも、富士の名を冠した「ふるさと富士」が存在。万葉集の時代には万葉歌人・山部赤人が富士を詠み、近世には富士を信仰する富士講が流行しました。そして富士の姿は奈良の地からも遠望できることで知られています。「奈良の歴史再発掘」の第2回連載では奈良から見た富士を取り上げます。

 

壮大な山容を誇る「大和富士」

 全国に数多くある「ふるさと富士」「郷土富士」。秀麗な姿に憧れ、古くから信仰の対象にもなってきた富士は、各地の身近で形の似た山に重ねられてきた。奈良県内では富士の名を冠した「大和富士」「朝倉富士」「都介野富士」「伊賀富士」などが存在する。

 

 「大和富士」の名で親しまれているのは、県東部の宇陀市と奈良市の境にそびえる額井岳(ぬかいだけ)。室生火山群北西に位置し、標高812メートル。関西百名山の一つに数えられている。

 

 額井岳の姿は、南側の近鉄榛原駅を中心とする宇陀市榛原地域から眺めると美しい。東側に戒場山(標高737メートル)を伴う山容は壮大だ。

「大和富士」の名で親しまれている額井岳

 山頂には小さなほこら、龍王社があり、水神が祭られている。宇陀市観光課は「古くから干ばつの時には雨乞いを祈る神事が行われていたようです」と話す。

 

 額井岳の南側中腹に鎮座するのは十八(いそは)神社。祭神は神倭磐余彦命(かむやまといわれいひこのみこと)。神武東征伝承が多く残る宇陀にゆかりの神武天皇が祭られている。神社の本殿前の池は額井岳の神水という。

額井岳の南側中腹に鎮座する十八神社

 額井岳の南東側中腹には五輪塔が存在。百人一首でも有名な「田子の浦に―」で始まる富士山の歌を詠んだ、万葉歌人・山部赤人墓といわれている。

 

 宇陀市は毎年2月の日曜、「富士山の日」(2月23日)に合わせた「大和富士登山大会」を開催。市内外の人が大和富士(額井岳)に親しむ機会となっている。今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のために登山大会は中止したが、市観光課は「イベントは中止となったが、個人で登山を楽しんで大和富士に親しんでもらえれば」と話す。

 

 

古代の営みを見守った「都介野富士」

 大和富士(額井岳)の西側、香酔(こうずい)峠を宇陀市側(南側)から奈良市側(北側)に越えると都祁(つげ)盆地に出る。ちなみに香酔峠の名は、南北朝時代に後醍醐天皇が吉野へ向かって峠を通った際、スズランの香りが漂ってきたことに由来するという。一帯はスズランの自生地でも知られる。

 

 都祁盆地にある都介野岳(つげのだけ)は「都介野富士」と呼ばれるふるさと富士。標高は630メートル。こんもりと盛られたような、やや丸みを帯びた三角形状を呈している。

「都介野富士」と呼ばれている都介野岳

 都介野岳から北に伸びる尾根上には、三陵墓古墳群(県史跡)が立地する。三陵墓西古墳は直径約40メートルの円墳。三陵墓東古墳は墳丘長約110メートルで、大和高原では最大級の前方後円墳。どちらも5世紀に築かれたと考えられている。

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