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出産を経て復帰。競輪選手、元砂七夕美のこれまでとこれから

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   2012年に「ガールズケイリン」の名称で復活した女子競輪。再開から10年で現在約160人が選手登録し、全国40の競輪場で日々しのぎを削りあっている。奈良競輪場をホームバンクにする元砂七夕美は、自転車競技の全国強豪、県立榛生昇陽高校出身の26歳。出産を経て、2021年3月にバンクに戻ってきて再スタートを切ったばかり。2015年7月のデビューからプロ7年目となる元砂七夕美にこれまでとこれからを取材した。【有賀 哲信】

 

   女子競輪選手の元砂はここまで総出走数436回で優勝が1回、1着12回、2着52回、3着86回の戦績(1月27日現在)。兄の海人(32)、勇雪(30)はともに競輪選手で、兄妹そろって奈良競輪場をホームバンクにしている。

 

 兄の影響で小学1年からトライアスロンを始めたのがきっかけで本格的な自転車競技に出会った。「水泳で4位に終わっても、自転車で巻き返し1位になれた」(元砂)と、自転車への適性を自覚する。中学生のときツール・ド・おきなわに出場し市民レディース50キロで2連覇を果たすなど競技に自信を深めた。

 

 宇陀市の榛生昇陽高校への進学を機に、出生地の大阪から単身来県した。学校の周囲は山坂道が多く競技者としての足が鍛えられ、「競輪選手としての今の自分を作ってくれた」と振り返る。

 

 同校では2年時の3月に全国選抜でスクラッチと個人ロードレースで優勝。2000メートル個人追い抜きで準優勝するという優秀な成績をおさめた。同年夏の「2013未来をつなぐ北部九州総体」ではポイントレースで優勝し、スクラッチでは準優勝を手にした。

 

 

 

≪「ずっと自転車に乗り続けたい」と競輪選手へ≫

 

 競輪選手への道を模索したのは3年生になり大学への推薦の話が本格的になり始めた頃だった。「大学に進み競技を続けても、その先に何があるのか」。卒業しても競技が続けられる保証はない。長く競技ができる可能性を求めて競輪選手を選択した。

 

 静岡県にある日本競輪学校(現日本競輪選手養成所)での10カ月間は、得意だったトラックの長距離から、一瞬で力を出し切る短距離向けの足に変えるのに苦労した。同期15人中6位の成績で養成を終え、2015年7月にホームの奈良競輪場で初出走を果たした。

 

 デビュー戦について元砂は「競輪場までの道のりがいつもの倍以上に感じ、緊張で口から心臓が飛び出そうだった」と当時を思い出し苦笑する。

 

 しかしレースが始まると平常心を取り戻した。全国や世界を走ってきた経験が生きた。「先輩たちに抜かれて、もっとだめな成績だと思った」と、結果は3着だったがプロとして続ける自信が得られた。

 

 初勝利はその2カ月後の9月。京都府の向日町競輪場の一般戦で1着に入った。しかし「一般戦は決勝に行けなかった人たちの戦い。決勝に行けなかった悔しさのほうが大きかった」と勝利の嬉しさはさほどでもなかった。それよりも「絶対に1着にならなければ」という思いのほうが強かったと話す。

 

 

 

≪はじめての挫折を経験≫

 

 2017年12月にはガールズケイリンのPR広告のキャラクターに選ばれるなど順風満帆のプロ生活に思われたが、実はそれとほぼ同時期に、選手継続の断念を真剣に考えなければならないほどの苦境に立たされていた。

 

 もともと持っていた腰痛が悪化したのだ。腰が曲げられず、普通に座っていても腰が絞れてきて感覚がなくなるほど。くしゃみやせきをすると神経に響いた。「その少し前のレースで落車した。それが原因かも」と話すが、医師の診断では腰椎分離症の悪化によるものという見立てだった。一度に3カ所ほどが分離してしまい、身体がそれを治そうとするが、その時に神経に当たってしまっているのだろうということだった。

 

 痛みはリハビリで治まったが、レースに復帰するとまたぶり返した。1年にそれを3~4度繰り返した。

 

 元砂は同じことの繰り返しに相当なショックを受けた。思い描いていたプロ生活に想定もしていなかった事態に直面し、「正直、嫌になった」と選手を辞めることも真剣に考えたという。

 

 プロスポーツ選手には避けて通ることのできないケガの問題を、元砂は「ファンの応援」で乗り越えることができた。

 

 2018年6月、ガールズケイリンが実施したファン投票「ガールズケイリン総選挙」で元砂は14位に入った。同位までの選手が、同年8月に福島県で開催される「ガールズケイリンコレクションいわき平ステージ」に出場することができた。ギリギリで得た出場権だったが、ここで「走れたか」、「走れなかったか」の違いは大きい。

 

 レースは得票1~7位が出走する「ガールズドリームレース」と、8~14位の「アルテミス賞」に分けられ、元砂は後者に出場し5着。その結果よりも、改めてファンの存在の大きさを知り、それに支えられている自分を知った。

 

 その後は、体幹を鍛える腰痛のリハビリを教わり、現在も1日約30分間、欠かさず続けている。

 

 

 

≪初優勝、結婚そして出産を経て復帰≫

 

 初めて決勝レースで優勝を果たしたのは2019年7月10日。地元奈良での開催で、有力選手の出走はなかった。その3日後には結婚する予定になっていて「独身最後に初優勝」という思いも強かった。 「ここで勝たなければ」というプレッシャーに気圧されたのか、初日は3着、2日目は5着と結果は振るわず、ギリギリでの決勝進出になった。

 

 「1着じゃなくてもいい。いい走りができたら」そう気持ちを切り替えて決勝に臨んだ。「ラスト半周の記憶はほとんどなく、身体が勝手に動いていた」と元砂は振り返る。僅差でのゴールとなり、自分が優勝したことはファンからの「おめでとう」の声で知った。

 

 結婚したその年の11月からレースを欠場し、翌2020年1月に妊娠を公表した。子供を生んでも競輪選手を辞める気はなかった。しかし、お腹に力を入れる体幹トレーニングも出来ず、つわりもなく食べ過ぎて太らないようにだけは気を使った。「選手をしていたらこんなことはめったにないので、今のうちにゆっくり休養しよう」。そう気持ちを吹っ切るようにした。

 

 競輪選手をはじめとしたプロスポーツ選手は「個人事業主」に分類される。したがって休業補償などもない。会社勤めならば妊娠8ヶ月くらいまでは働け、出産で働けない間も金銭給付が期待できるが、競輪選手は妊娠から育児休業中も、レースに出なければ収入はゼロになる。最近は子供を生んでからレースに復帰する競輪選手が徐々に増えてきているというが、皆このような困難を乗り越えてなければならないのだ。

 

 元砂が競輪選手としてバンクに戻って来たのは2021年3月の地元開催レース。しかし休業していた選手がすんなり戻ってこれるわけではなく、復帰試験に合格しなければならない。「競輪選手を辞めるという選択肢はない」という強い思いで試験には合格した。

 

 復帰レースで元砂は、スタートから前を取ろうと果敢に挑んだが結果は7着だった。

 

 3月に復帰してから2021年中、69回の出走で、優勝、1着は0。2着4、3着9だった。妊娠、出産を経て筋肉量が減って脂肪が増えた。それを徐々に出産前の状態に戻すようにレース活動と並行して、日々トレーニングに励んでいる。

 

 「もう少し成績を上げ、決勝の常連にはなりたい。妊娠前は決勝には残っていたので、そのレベルまで戻したい」。

 

 ガールズケイリンの選手は年間100回程度出走する。1開催で最低でも4日間、転戦になれば半月家を空けることもある。元砂が不在の間、子供は実母に預かってもらっている。

 

 「無事に家に帰ってきたい」。子供が生まれてからの心境の変化について、元砂はそう答える。「これまでは負けん気だけでやってきたけど、(ケガなどしないよう)無理して突っ込むような走りはしないようになった」と、勝つために新たな課題に直面している。 

 

 「足をつけるしかない。自分が強くなるしかない」。がむしゃらに突っ込んでいくレースでなく、集団を除けて走っても抜けるくらいの足が欲しいと思っている。今後は「自分のタイミングでしっかり行けるレースをしたい」。

 

 普段の子育てには、ストレスを感じることも少なくない。しかし、仕事で家を離れ数日振りに愛娘の顔を見た瞬間にほっとして、そんな気持ちもリセットされる。

 

 「バイバイした瞬間から寂しくなってくるんです」と、いっときも離れたくないのが本音で、「離れることが多い分、一緒の時は全力で遊んであげる」と我が子が可愛くて仕方がない様子だ。子どもを置いて仕事に行くことについては「いいのかなぁ」と少しの後ろめたさも感じている。ガールズケイリンには子育てをしながらレース活動をする選手も増えてきた。元砂はそんな先輩たちに、とにかく何度も何度も相談した。そして、多くの先輩が自分と同じ悩みを抱えながらレース活動をしていることを知った。そんな彼女たちが最終的に達した結論は―「これが私たちの仕事」

 

 競輪選手は男子なら60歳で現役選手という例もあり、女子でも40歳代の選手が活躍するなど、選手寿命は長いほうだ。しかし「代謝制度」と呼ばれる強制引退制度があり、本人に継続の意思があっても毎年6月と12月に行われる審査で、平均競争得点が規定に達する必要があるなどの各種条件をクリアしなければ選手として残れない。

 

 結婚、出産でも競輪選手を辞めるという選択肢を持たなかった元砂は、「40、50歳になっても選手を続けたい」と考えている。年2回の審査で選手登録削除の基準に該当すると、その翌月の出走はあっせん保留になる。元砂は新年4日から四日市で走っているので、基準をクリアしたということだ。結果は予選第1走で4着、続く第2走5着で決勝は逃したが、一般レースに出走し3着に入った。

 

 「まだ復帰して1年」と、成績に不本意な部分はあるが、焦りはない。自転車が好きでいつまでも競輪選手を続けたいという思いがそれを支える。「子どもが大きくなっても『レースに行ってくる』って言いたいですね」。母親がどのようにして自分を育ててくれたのか、愛娘が理解する日もそう遠くない先にやってくるだろう。

 

 身長が164センチと女子競輪選手として恵まれた体格を持ち、「生まれつき骨格が大きかった」と話す元砂。2人の兄も競輪選手で、天与のものを育む環境も整っていた。元砂の配偶者が競輪選手(和歌山所属・中野彰人)ということもあり、そのうち「親子そろって競輪選手」が実現する日がくるかもしれない。しかし元砂は、「子どもには競艇を薦めます」といたずらっぽい笑顔を見せた。

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