考古学

奈良時代後半に操業 - 県、3基を現地保存へ/興福寺旧境内の瓦窯跡

現地保存することが決まった奈良時代後半の瓦窯跡(県提供) 拡大

 平成29年度の発掘調査で見つかった奈良市登大路町の興福寺旧境内・登大路瓦窯跡について、操業の開始時期が奈良時代後半までさかのぼることが分かった。県が23日発表し、同時期の瓦窯跡3基を現地保存することを明らかにした。

 県立橿原考古学研究所の調査で、重なるように複数期にまたがる瓦窯跡12基を確認していた。11世紀後半のものは、平安時代の火災(1046年)後の再建記録「造興福寺記」に記された窯跡。12世紀後半以降のものは、南都焼き討ち(1180年)後に再建時の瓦を生産した窯跡の可能性が指摘されていた。遺構は9基を記録保存し、最も時期が古く残りも良い3基を埋め戻していた。

 その後、瓦窯の構造や出土遺物、理化学的な分析結果から詳細な時期を検討。最も古いものは8世紀半ばごろまでさかのぼることが分かった。

 県文化財保存課によると、寺の縁起類をまとめた「興福寺流記」(平安時代)が記す通称「西瓦屋(にしのかわらや)」に当たる可能性があり、740~750年ごろから同寺の瓦を生産していたとみられる。

 同寺造営に関係する瓦窯は、創建時の瓦を供給した史跡奈良山瓦窯跡の一つ梅谷瓦窯(木津川市)や、720年ごろから供給した名勝奈良公園内の荒池瓦窯(奈良市)が知られる。

 同課は「主要伽藍(がらん)完成後の興福寺の瓦を供給した瓦窯として評価できる。中世にも連綿と利用が続いており、大寺の瓦づくりの体制の変遷を知る上で重要」とする。

 現地保存するのは埋め戻した3基。県立美術館と県文化会館の一体整備計画の予定地のため、県は今後、遺構の展示、公開と施設の整備の方法を検討することにしている。

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