考古学

接続部南北で柱間に差 - 設計、造営の過程異なる/大極殿後方東回廊

北側と南側で柱間が異なることが分かった東回廊跡=5日、橿原市高殿町の藤原宮跡 拡大

 橿原市高殿町の藤原宮(694~710年)跡で、中枢部の大極殿院の東側にある南北方向の回廊の柱の間隔が、「大極殿後方東回廊」の接続部の北側と南側で異なることが分かった。奈良文化財研究所が5日発表した。同研究所は「回廊の南北で設計や造営の過程が異なっていた可能性がある」としている。

 大極殿院は、東西約120メートル、南北約165メートルの回廊に囲まれた空間で、中心施設の大極殿の後方では昨秋、東回廊に丁字型に接続する東西方向の回廊が見つかり、大極殿後方東回廊と名付けられた。建物の配置から前期難波宮(大阪市、7世紀半ば)との類似性も指摘されている。

 今回の調査は大極殿後方東回廊接続部の北側で行われ、複廊式の回廊の礎石建ちの柱穴16個を確認。柱間は13・5尺(約3・8~4・0メートル)だった。同接続部の南側の柱間は、これまでの調査で14尺(約4メートル)と判明しており、北側の間隔の方がやや狭いことが分かった。今後、大極殿院の全容解明の貴重な資料になるものとみられている。

 このほか今回、大極殿院の内側「内庭」の北東部の調査も行われ、前期難波宮にあった内裏後殿脇殿に相当する遺構を探ったが、見つからなかった。古代の宮都の変遷を考える上で重要な相違と考えられている。大極殿院の東回廊の発掘調査は今回でほぼ終了した。

 現地見学会は7日午前11時から午後3時。マスク着用必要。駐車場はない。問い合わせは同研究所都城発掘調査部(飛鳥・藤原地区)電話、0744(24)1122。

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