社会

鉄塔支えた基壇4個 - 田原公民館職員 浦川さんが発見/奈良安全索道の支柱遺構

正方形に並ぶコンクリート製の礎石=奈良市茗荷町 拡大
礎石と鉄塔を再現した模型=奈良市茗荷町の田原公民館 拡大

 幻の索道として注目されている奈良安全索道の支柱の遺構がこのほど、奈良市茗荷町の山林で発見された。同市田原公民館職員の浦川温亮さんが、やぶの中に残されていた鉄塔を支えるコンクリート製の基壇4個を確認。同館は、索道に関する講座を開くなどしており、地域の産業遺産として、改めて保存、顕彰が期待されそうだ。

 同館は2年前に「幻のロープウェイを追って」と題した講座を開催。今年も索道をテーマにした講座を企画しており、浦川さんは同館の泉森由貴館長とともに、索道が営業していた当時の地図を使って遺構の現地調査を実施。たまたま一人で探しているとき、やぶの中に四角いコンクリートとボルトを見付けたという。

 発見場所は、同公民館から南に約400メートル離れた森の中。基壇は各辺約52センチのコンクリート製で、中心に約13センチの長さのボルトが埋め込まれていた。各基壇は1辺が約3・13メートルの正方形になるように並んで地面に埋め込まれていた。

 浦川さんは「この基壇上に高さ10メートルを超える鉄塔が建っていたと思われるが、廃止後すぐに撤去されたようだ」と話している。

 同索道は、木材や凍り豆腐の運搬を目的に計画。大正8年に奈良市の京終駅から現在の同市南田原町の田原村天満駅までの8キロが完成。同11年に同市小倉町の針ケ別所村小倉駅までの全線16・8キロが完成した。

 索道の支柱は当初は木製だったが昭和4年から8年にかけて鉄塔に建て替えられた。支柱は合計111基あったが、ほ場整備や茶畑の開墾などの工事で多くは無くなっているという。

 泉森館長は「産業遺産や機械遺産に選ばれればいいが、残っているものが少しの遺構と天満駅駅舎ぐらいしかないのが残念。写真や資料、情報の提供をお願いします」と話している。

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