考古学

水祭祀場跡か - 天理に古墳時代の集落 「櫟本チトセ遺跡」と命名/井戸跡から小型の銅鏡

井戸から見つかった銅鏡=28日、天理市役所 拡大

 天理市櫟本町で古墳時代前期~中期(4~5世紀)の集落遺跡が新たに見つかり、井戸跡から小型の銅鏡1面が出土したと、28日、同市教育委員会が発表した。銅鏡はヒョウタンやモモの種などと一緒に出土しており、祭祀を行った跡とみられる。古墳時代の井戸から完形の銅鏡が見つかるのは全国で2例目という。

 工場建設に伴い、市教委が昨年7~11月に約1600平方メートルを調査。見つかったのは集落の北辺の一部で、直径約40センチ前後の柱痕跡約10基や断面がV字状になった大溝、井戸の遺構を確認した。遺跡は字名から「櫟本チトセ遺跡」と命名した。

 銅鏡は直径約2・3メートル、深さ1・2メートルの井戸から出土。直径3・6センチの「小型倭製鏡」と呼ばれる国産の鏡で、鏡背面に中央の突起「鈕(ちゅう)」から放射状に線を描いた「櫛歯文(くしばもん)」と呼ばれる文様があった。

 小型の銅鏡は祭祀用と考えられおり、ヒョウタンと邪気を払う力があるとされるモモやなどの種が一緒に出土したことから、井戸で何らかの儀式を行っていたと推定。出土した土器の年代から時期は4世紀後半とみられる。

 井戸から儀式に使われた完形の銅鏡が見つかる例は、鏡9面が出土した兵庫県明石市の藤江別所遺跡でもある。

 このほか、南東から北西方向に伸びる断面がV字状になった4世紀後半と5世紀後半の幅2~2・5メートル、長さ15~30メートルの大溝を確認。近くを流れる高瀬川の水を引き込む水路だったとみられる。

 調査を担当した同市教委文化財課の北口聡人主任主査は「水に関する祭祀に使われたのではないか。儀式用の銅鏡は古墳時代の重要拠点から出土しており、櫟本チトセ遺跡も有力者にかかわる集落の可能性がある」と推測。

 さらに、同遺跡は4世紀後半に築かれた東大寺山古墳や赤土山古墳の約2キロメートル西に位置しており、「東大寺山古墳群の被葬者の居館のありかを考える上で、一つの候補となりうる遺跡」と評価している。

 発掘現場はすでに埋め戻しており、今回、出土した銅鏡は2月1日~23日まで、天理市守目堂町の市文化センターで開かれる「冬の文化財展」で展示する。

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