考古学

江戸前期に造成? - 池の石積護岸盛土 最下層から瓦や土器/名勝法華寺庭園

名勝法華寺庭園の石積護岸の裏込土にみつかった間隙=9日、奈良市法華寺町の同寺 拡大

 法華寺と奈良文化財研究所(奈文研)は9日、奈良市法華寺町の名勝法華寺庭園について、当初の庭園の造成時期が江戸時代前半だった可能性が高いと発表した。池の石積護岸の盛土から、同時期の瓦片などが出土したことから推定。建物に残る墨書から同時期の造成と考えられていたが、考古学的にも裏付けられた。現地説明会はない。

 昨年12月16日から、庭園保存整備事業に伴い、主庭にある中央の池の護岸3カ所約7平方メートルを調査した。

 池西側にある石積護岸の盛土の最下層から江戸時代前半の瓦や土器が出土。そのため、少なくとも西岸については、庭園の当初の造成が同時期の可能性が高いことが分かった。

 庭園の造成時期については、客殿が移築された寛文13(1673)年に近い、後水尾上皇の皇女・高慶尼在任期の江戸時代前期の庭園とみられていたが、これまで考古学的な発掘調査は行われていなかった。

 ただ、幕末から近代の遺物もあり、後世に護岸を改修したり、新たに盛土し直した可能性もあるという。

 法華寺は奈良時代、藤原不比等の邸宅跡に娘の光明皇后が総国分尼寺として建立。遷都後は衰えたが、江戸時代初期に豊臣氏によって復興された。

 庭園は法華寺客殿(県指定有形文化財建造物)に伴う庭園で、昭和29年に県指定文化財(名勝)、平成13年に国名勝にそれぞれ指定。しかし、近年、池護岸の崩れなどの問題が生じ、今年度から5年を目途に保存整備事業が進められる。

 今回の調査で池の周囲の石積護岸の崩壊の要因は、胴木の上に3、4段積まれた自然石の護岸の間から水が浸食し、自然石を支える裏込(うらごめ)土に空隙ができたためと判明。保存整備の課題も明らかになった。修理個所は当初の想定よりも広範囲に及ぶという。同庭園は通常非公開で、今年は4月1日から6月10日まで公開予定。

 調査した奈文研の大沢正吾研究員は、「法華寺庭園について考古学的な知見を得たのは初めてで、今後の保存活用の足掛かりとなる重要な所見。庭園の価値が一層高まった」としている。

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