考古学

東大寺の東塔院跡に奈良時代の東門 - 創建期の門跡は初/鎌倉期の再建はひと回り小さく

東大寺東塔院跡の発掘調査現場で見つかった奈良時代の創建期の東門建物跡。調査担当者2人が立つのが東西の両端=7日、奈良市雑司町 拡大

 奈良市雑司町の東大寺などは7日、七重塔と伝わる同寺の東塔を囲む東塔院跡で、奈良時代の東門跡が見つかったと発表した。これまでに鎌倉時代に再建された門跡は見つかっているが、創建期の門跡の確認は初めて。また、再建期の東、北両面の回廊と門は、創建期の門と回廊よりも基壇幅を狭めていることも判明。東門はひと回り小さく再建されたことも分かった。

 同寺と奈良文化財研究所、県立橿原考古学研究所で構成する史跡東大寺旧境内発掘調査団が7月から約820平方メートルを調査。計6調査区で、奈良、鎌倉時代の礎石や抜き取り穴、雨落ち溝などを確認した。

 奈良時代の東門は東西7・1メートル、南北12・7メートル。東門の南北に取り付く回廊は幅約5・9メートルで、「複廊」と呼ばれる通路が二つある構造だったことが再確認された。

 鎌倉時代の東門は東西5・4メートル、南北11・7メートルで、やや小さく再建されたことが判明。同時代の東門南側中央の礎石も見つかり、上部を後世に削り取った跡があることから、奈良時代の礎石を再建時に約1メートル移動させて再利用したと考えられる。

 これまでの調査で、回廊は創建期の複廊から、南面を除き通路が一本しかない「単廊」という構造に変えられていたことが分かっていた。回廊の規模は両時とも東西約74メートル、南北約85メートルと推定される。

 北側、西側の調査個所ではそれぞれ再建北門跡、同西門跡を確認。複廊だった南門を除き、東・北・西の門は同規模と想定する。創建時の門は、四方とも同じ大きさと想定している。

 東大寺の東塔は治承4(1180)年に平家の南都焼き討ちで焼失。高僧・重源らによる鎌倉復興期に再建されたが、落雷で再び失われた。東塔を含む東塔院には回廊と東西南北の門があり、同時期に焼失、再建されたと推定される。

 同調査団長の鈴木嘉吉・元奈良国立文化財研究所所長は「東塔院の奈良時代創建時と鎌倉時代再建時の全体規模が分かってきたのは非常に大きな成果。今回の発掘調査で塔・回廊全体の構造が明らかになった意義は大きい」としている。

 5カ年の調査は今年度が最終年度。来年度以降は塔基壇の整備に向けて、土盛りの工事準備をする予定。

 現地説明会は10日午前10時から午後3時。問い合わせは、東大寺、電話0742(22)5543。

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