考古学

新たな円墳 5世紀末~6世紀初 - 藤原京造成で削る?/橿原の四条遺跡

新たに見つかった円墳「四条14号墳」。奥の人が立っている所が墳丘で、周囲を濠が巡る=4日、橿原市四条町の四条遺跡 拡大

 県立橿原考古学研究所は4日、橿原市四条町の四条遺跡で、5世紀末~6世紀初めごろの造り出し付きの円墳が新たに見つかったと発表した。7世紀後半の藤原京造営時に墳丘が削られた状況も確認でき、「古墳を壊して藤原京を造成していた様子が分かる」としている。

 県の「医大・周辺まちづくりプロジェクト事業」に伴い、県立医科大学グラウンドの約3000平方メートルを調査した。

 円墳は直径約25メートルで、北西に「造り出し」と呼ばれる張り出し部(長さ約4メートル、幅約4メートル)が付く。墳丘や埋葬施設は残っていなかった。周濠(しゅうごう、幅約4メートル)からは円筒埴輪(はにわ)や馬形埴輪、家形埴輪などが出土。周辺ではこれまでに13基の古墳が見つかっており、四条古墳群と呼ばれている。今回は「四条14号墳」と名付けられた。 

 北約30メートルに位置するほぼ同時期の四条1号墳(造り出し付き方墳)が一辺約30メートルなのと比べ、14号墳はやや規模が小さい。1号墳で豊富に見つかった木製品も出土しなかった。

 調査区では、藤原京の南北道路「西六坊坊間路」の東西の側溝と、京造営時の建築資材運搬用の東西溝(幅約5メートル)も確認。東西溝を埋めて整地した後に道路を造っていた。

 14号墳の濠(ほり)から出土した円筒埴輪は、墳丘に立っていた時に埋まる部分の基底部が形を保っており、調査担当の北山峰生指導研究員は「墳丘は藤原京を造営する際に、整地土を得る目的で壊されたと考えられる」と話している。

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