考古学

大極殿院に想定外回廊 - 前期難波宮に類似/藤原宮跡

大極殿院の東面回廊(左)に取り付く形で新たに見つかった回廊跡。奥は大極殿=3日、橿原市高殿町の藤原宮跡 拡大

 橿原市高殿町の藤原宮跡で、天皇が国家的な儀式を行った中枢施設、大極殿院の中を区画するように設けた新たな回廊が見つかり、奈良文化財研究所が3日、発表した。大極殿院には大極殿以外に建築物はないと考えられてきたが、想定外の発見となった。奈文研は「藤原宮(694~710年)の構造や古代宮都の調査研究に重要な問題を提起する成果」としている。

 大極殿院は大極殿を中心に回廊で囲まれた空間で、東西約120メートル、南北約165メートル。今回、東側の回廊の北半分と内庭部の状況を確認するため、約1180平方メートルを調査した。

 新たな回廊は東側の回廊に取り付く形で見つかった。大極殿の中心から北32メートルの東西ライン上で、奈文研は「大極殿後方東回廊」と名付けた。

 回廊は中央を区切って通路を二つに分けた複廊式で、柱を礎石に乗せる礎石建ちの瓦ぶき。東西28・7メートル(7間)、南北5・8メートル(2間)を確認した。回廊基壇は大部分が後世に削られていた。

 柱間は東西で約4・1メートル(14尺)、南北で約2・9メートル(10尺)。この回廊の柱間に合わせるため、東側の回廊(南北柱間14尺)は接続部の2間分だけ南北の柱間を10尺に調整していた。後方東回廊の周囲では基壇裾に沿う溝も見つかり、西端にも溝が巡っていた。後方東回廊が大極殿院の造営当初から計画されていたと推測できる。

 回廊の棟通りにほぼ合うかたちで東西に伸びる掘っ建て柱塀も確認した。回廊と塀の前後関係は不明だが、どちらも大極殿院北半部を南北に区画する意図があったと考えられる。

 回廊は、宮の規模と構造が類似する前期難波宮跡(大阪市中央区)の「内裏」を区切る建物とほぼ同位置。同宮跡は難波長柄豊碕宮(652年完成)と考えられており、関連性が注目される。奈文研の玉田芳英・都城発掘調査部長は「藤原宮の構造に再考を迫る成果。前期難波宮との関連性がより一層明らかになり、日本の宮殿の流れを点から線につなげることができる点で大きな学術的な価値を持つ」と話している。

 現地説明会は6日午前11時からと午後1時半からの2回開催。小雨決行。駐車場はない。

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