社会

側面に由来など記す墨書 - 寺の各所から集約 文献資料も裏付け/正倉院伝来の容器「唐櫃」

正倉院に伝来した唐櫃(正倉院紀要第41号から) 拡大
「南二倉」から正倉院に移されたことを示す墨書の赤外線写真(同) 拡大

 正倉院(奈良市雑司町)の宝物が納められていた大型の木製容器「唐櫃(からびつ)」に、宝物の由来や点検の状況などを記した墨書が残されていることが、宮内庁正倉院事務所の調査で分かった。東大寺の堂塔や倉庫から正倉院へ移された唐櫃もあることが判明。宝物が寺の各所から集められたことを記した文献史料を裏付ける成果という。

 正倉院正倉には計206個の唐櫃が伝来。多くは宝物が取り出された空の状態で、正倉に2、3段に積み重ねて保管されていた。

 正倉院事務所は平成23~25年の正倉院正倉の修理工事に合わせて、肉眼や赤外線カメラを使った唐櫃の調査を実施。側面などに書かれていた櫃の番号や納めた宝物に関する由来などの墨書を解読した。

 今回は聖武天皇の遺愛品を東大寺大仏に献納した時に使われた唐櫃を含む「古櫃(こき)」と呼ばれる奈良、平安時代の唐櫃168個について報告した。

 「従造寺南二倉移納 延喜廿一(921)年八月三日」と墨書された古櫃を2個確認。東大寺の修理などを行った寺内組織「造寺所」が管理していた「南列の第2倉庫」から現在の正倉院に移されたとみられる。

 平安時代後期にまとめられた史料「東大寺要録」には、前年の延喜20(920)年に「阿弥陀堂、薬師堂等雑物」が、現在の法華堂(三月堂)に関連した主要倉庫「羂索(けんじゃく)院双倉」に移納されたとの記録がある。さらに、天暦4(950)年には羂索院双倉の廃止に伴って宝物を正倉院に移したと書かれている。

 宝物の一部は当初、寺の各堂塔で保管されていたが、保管施設の老朽化や管理上の理由などから、最も規模が大きい倉庫だった正倉院に集約されたと考えられるという。

 調査した正倉院事務所の佐々田悠主任研究官は「文献上の研究では知られていた正倉院への宝物の集約を示す直接的な証拠。古代の東大寺を知る新しい資料となる」としている。

 集約された理由について、同事務所の飯田剛彦保存課長は「それぞれの堂塔にあると目が届きにくくなるので、適切な管理を行うためでは」と推測している。

 研究成果は「正倉院紀要第41号」に掲載され、宮内庁の正倉院ホームページでも閲覧できる。

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