歴史文化

前方後方墳の可能性 - 箸墓古墳同時期 3世紀に築造か 桜井・稲荷山古墳/市埋文センター 速報展で紹介

前方後方墳の可能性があることが分かった稲荷山古墳の空中写真。左下が墳丘=桜井市芝(市教育委員会提供)
 桜井市芝の稲荷山古墳が、3世紀に築かれた前方後方墳の可能性があることが、市教育委員会の調査で分かった。これまで5世紀後半から6世紀ごろの古墳と考えられていた。市立埋蔵文化財センターで開催中の発掘調査速報展で、調査成果が紹介されている。

 稲荷山古墳は、邪馬台国の女王・卑弥呼の墓説がある箸墓古墳(3世紀中ごろ~後半)の南西約200メートルに位置。高さ約3メートルの高まりが残り、墳丘上には稲荷社がある。市教委が1~3月、古墳の北側と東側の6カ所、計約170平方メートルを調査した。

 うち4カ所の調査区で墳丘の裾と周濠(しゅうごう)を確認。古墳北辺の平面形が方形と分かった。規模は東西約25メートルで、北辺から墳丘の残存部まで測ると南北29メートル以上の南北に長い形になる。

 明治時代の絵図には、社が描かれた墳丘の南側に細長い高まりがあり、南西に前方部を向けた前方後方墳と推測できるという。

 築造時期は、須恵器など新しい時期の土器が少ない▽埴輪(はにわ)や葺(ふ)き石がない▽周濠の幅が狭い―などから、箸墓古墳と同時期までさかのぼる可能性がある。

 前方後方墳には、東海地方など、他地域との関係を指摘する見方もある。

 周辺の纒向遺跡ではメクリ1号墳(3世紀前半~中ごろ)が前方後方墳と確認されている。市教委文化財課の三沢朋未技師は「まだ見つかっていない前方後方墳が存在している可能性がある」と話す。速報展は9月29日まで。

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