社会

風鐸に2つの型式 - 「梵鐘」法と「銅鐸」法/異なるグループ製作か/正倉院伝来 奈良時代の大型鈴

正倉院に伝来した風鐸(金銅鎮鐸)の第1号型式(左)と第2号型式=正倉院紀要第41号より 拡大

 正倉院に伝来した奈良時代の大型の鈴「風鐸(=ふうたく、金銅鎮鐸)」には、寺院の梵鐘(ぼんしょう)と同じ方法で作られたものと、弥生時代の銅鐸と同じ製造技術が使われたものがあることが、宮内庁正倉院事務所の調査で分かった。風鐸の調査例は少なく、貴重な資料になるという。調査結果は同日、発表された正倉院紀要第41号に掲載された。

 同紀要によると、正倉院には、法要で飾られる旗「幡(ばん)」などにつるした風鐸が19個伝来。断面が円形の第1号(11個)とひし形の第2号(8個)の2型式に分類されている。

 第1号は「東大寺枚幡鎮鐸/天平勝宝九歳(757年)五月二日」の銘があり、聖武天皇の1周忌で使用されたと推定。鋳物断面の半分を刻んだ木型を回転させて土製鋳型の外型と中型を作り、二つを合わせて湯口から溶かした銅を流し込む梵鐘と同じ方法で作られていた。

 また、突帯(とったい)の有無などの違いがある二つのタイプがあり、中型の作り方の違いなどから異なる製作者集団が携わったとみられる。

 一方、第2号は文様を刻んだ外型を2個作って組み合わせた中に中型をはめ込み、溶けた銅を流し入れて作っていた。同様の技術は弥生時代の銅鐸にも使われたという。紀年銘がないため正確な製作年代は不明だが、大安寺旧境内(奈良市)や各地の国分寺跡で同様の型式の風鐸が出土していることから、第1号と同じ8世紀中ごろに作られたと推定される。

 二つの型式の風鐸は形や製作方法に違いがあるものの、部品などの構成要素や製作時期には共通性がある。そのため、いずれも東大寺造営のために置かれた役所「造東大寺司」に属した異なるグループが製作したとみられる。

 風鐸は各地の遺跡で見つかっているが、出土品は腐食して製作技術の痕跡がほとんど残っておらず観察が難しかった。

 調査を担当した正倉院事務所の細川晋太郎・保存課調査室員は「完形品で伝来した正倉院宝物の調査成果は今後、風鐸の出土品の観察基準となる」としていた。

 正倉院紀要第41号は宮内庁の正倉院ホームページでも掲載されている。

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