社会

明治初期まで奈良に? - 英国からの確認で判明 隔夜寺に旧蔵の可能性/大阪・藤田美術館の空也上人立像

奈良国立博物館で展示されている藤田美術館蔵の空也上人立像=奈良市登大路町の同博物館 拡大
隔夜寺本堂に残る空也上人像の写真=奈良国立博物館提供 拡大

 藤田美術館(大阪市、一時休館中)の空也上人立像(14~15世紀)が、明治時代初めごろまで奈良市高畑町の隔夜寺に安置されていた可能性があることが、奈良国立博物館の調査で分かった。英国王室が所蔵する明治期に同像を撮影した写真の調査過程で、隔夜寺本堂にも「当堂古代本尊」と裏書された同像の写真が残っていることが判明した。同像は奈良国立博物館の特別展「国宝の殿堂藤田美術館展~曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき」で展示されている。

 空也上人立像は高さ96・7センチの木像。右手に首から吊(つ)るした鉦鼓(しょうこ)を打ち鳴らす棒、左手に鹿の角がついた杖(つえ)をそれぞれ持ち、口から出る6体の仏で「南無阿弥陀仏」と唱える様子を表す。藤田美術館に収蔵される前の来歴は不明だった。

 調査した奈良国立博物館の山口隆介主任研究員によると、英国王室所蔵品の管理団体から来歴に関する問い合わせがあり、所蔵品に同美術館の空也像の写真があることが判明。明治14年に日本を訪問した英国王子2人の旅行記で、11月10日に東大寺大仏殿で見たと記された「口から人を出す仏」にあたるとみられる。同年に大仏殿回廊で開かれた第6次奈良博覧大会との関連が推測される。

 さらに、明治期に東大寺の末寺となった隔夜寺本堂にも同じ像の写真が残ることが分かった。裏書によると、寺から西へ約1・5キロ離れた同市鵲(かささぎ)町の住民が、奈良博覧大会開催時に撮影した同像の写真を大正7年に複写して納めたらしい。

 写真の横に「空也堂所蔵」の文字が写るほか、裏書にも「当堂古代本尊」と書かれていることから、空也像はかつて隔夜寺に安置されていた可能性がある。

 明治8年に開かれた第1次奈良博覧大会の出品目録にも「空也上人木像」がある。もし、今回と同一の像だとすれば、「福井みね所蔵」と書かれているため、像は同時期には寺外にあったことになる。

 空也は平安時代中期に阿弥陀信仰と念仏を広めた修行僧。隔夜寺は、空也創始と伝わり大正時代まで続いた、長谷寺(桜井市)と一夜ごとに泊まり歩く「隔夜」の修行で知られる。現在も江戸期作とみられる別の空也像を安置している。

 山口主任研究員は「空也堂を現在の本堂とみなせば、隔夜寺旧蔵の可能性は否定できない。明治初期に東大寺大仏殿で像が公開されたことはまちがいなく、今回の展示は百数十年ぶりの奈良への里帰りになる」としている。

 特別展は6月9日まで。隔夜寺は非公開。

▽中田定慧・隔夜寺住職の話

 隔夜寺が「空也堂」と呼ばれた記録がないので、この像が寺にあったかどうかは半信半疑。しかし、もし本当ならば、今回の展示会で奈良に里帰りされたことになり良かったと思う。

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