考古学

南側のみ簡素な塀 - 「通説覆す異例な遺構」 儀式用に仮設?「掘っ立て柱塀」/恭仁宮跡大極殿院

 奈良時代に聖武天皇が造営した恭仁宮跡(京都府木津川市)で、国家儀礼が行われた場所「大極殿院」を囲う塀は南側だけが簡素な掘っ立て柱塀だったことが分かり、16日、府教育委員会が発表した。

 府教委によると、掘っ立て柱塀は、木の柱を1列に立て、板ぶきの屋根を設けた構造。他の3辺は築地回廊と呼ばれる格式高い造りだったことが判明している。

 恭仁京は740年、平城京から遷都し、4年後に廃都となった。続日本紀に造営が難航し、多額の費用がかかったと記されており、743年に元日を祝う儀式を行うため、仮設の施設で間に合わせたと考えられるという。

 奈良時代の宮では、大極殿院は四方を築地回廊で囲い、正面とされる南側に大規模な門を備えており、担当者は「これまでの通説を覆す異例な遺構で、実態解明を進めたい」と話している。

 大極殿院の南側を調査し、深さ約1メートルで正方形や長方形の穴が約3メートル間隔で五つ並んでいたことを確認した。今回の調査により、大極殿院の南北方向の長さは約220メートルと推定できるという。

 現地説明会は19日午後1時半から。

▼ 記事の詳細は本紙をご覧ください

購読のお申し込み

ウェブ限定記事

よく読まれている記事

  • 興福寺中金堂再建記念 現代「阿修羅」展 図録
  • 日本のふるさと奈良 回帰展 皇室ゆかりの地を撮る! フォトコンテスト
  • 奈良遺産70 奈良新聞創刊70周年プロジェクト
  • Tour guide tabloid COOL NARA

  • 奈良の逸品 47CLUBに参加している奈良の商店や商品をご紹介

奈良新聞読者プレゼント

京都のサンドイッチ紹介する漫画エッセー

プレゼント写真
提供元:産業編集センター
当選者数:3人
  • 12.9(土) 12.10(日)に開催 奈良マラソン2017
  • 出版情報 出版物のご購入はこちらから
  • バナー広告のご案内
  • 奈良新聞シニアクラブ
  • 奈良新聞デジタル
  • ならリビング.com
  • 特選ホームページガイド
  • 奈良新聞社 採用情報