考古学

4世紀末~5世紀初頭の大壁建物跡 - 渡来人移住時期早まる可能性も 1棟は国内最大規模

見つかった4世紀末から5世紀初めごろの大壁建物跡=10月22日、高取町市尾の市尾カンデ遺跡 拡大

 高取町教育委員会は27日、同町市尾の市尾カンデ遺跡で、朝鮮半島から技術が伝わったとされる、4世紀末から5世紀初めごろの「大壁建物跡」が見つかったと発表した。これまで檜隈(ひのくま)地域に含まれる同町に渡来人が移住したのは5世紀後半ごろとされてきたが、町教委は「さかのぼる可能性が出てきた」としている。

 民間開発に伴い、町教委が7~11月、約1000平方メートルを調査した。大壁建物は方形に溝を掘って柱を立て並べ、壁土を塗り込める工法。今回、建物跡を16棟検出した。うち1棟は東西14・5メートル、南北13メートル。全体が判明しているものでは、森ヲチヲサ遺跡(同町森)と並ぶ国内最大規模という。掘っ立て柱建物跡も8棟検出した。

 遺構の前後関係から、大壁建物と掘っ立て柱建物を互いに建てたり壊したりを、少なくとも計7回は繰り返していた。

 出土した土師(はじ)器などから時期を判断した。土器の出土は少なく、非日常的で祭祀(さいし)などに用いた特殊な建物だったと考えられるという。

 日本書紀には応神天皇の時代に朝鮮半島の百済と交流した記述があり、木場幸弘・町教委次長補佐は「4世紀末から5世紀初めごろに多くの移民がやってきたのではないか」と推測する。

 猪熊兼勝・京都橘大学名誉教授は「最近韓国でも大壁建物の調査例が飛躍的に増加している。生活や住居の具体例について、日韓の共同研究が進むきっかけになるだろう」と話す。

 現場は調査が終了しており、現地説明会は行われない。

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