社会

奈良、鎌倉時代の回廊 - 再建時「単廊」に改造/東大寺・東塔院跡

東大寺東塔院跡から見つかった奈良時代の創建期の塼列=8日、奈良市雑司町 拡大
大仏殿に飾られた東塔と東塔院の模型。南面は複廊、残りは単廊で再現されている=8日、奈良市雑司町の東大寺 拡大

 奈良市雑司町の東大寺などは8日、七重塔と伝わる同寺の東塔を囲む東塔院跡で、奈良時代と鎌倉時代の回廊が見つかったと発表した。創建期の奈良時代の回廊は中央の壁の両側に通路がある「複廊」だったことが判明。鎌倉時代の再建時には南面を除き、通路が1本の「単廊」に改造されたことも分かった。専門家によると、平家の焼き討ち後、大仏殿などと同様に中国・宋の影響を受けた「大仏様」と呼ばれる建築様式が用いられた可能性があるという。

 同寺と奈良文化財研究所、県立橿原考古学研究所で構成する史跡東大寺旧境内発掘調査団が7月上旬から約1200平方メートルを調査。計7調査区で、奈良、鎌倉時代の礎石やその抜き取り穴、雨落ち溝などを確認した。

 奈良時代の回廊は東西南北ともに幅約6メートルの複廊と推定。東北隅では、壁の土台部分に使われたとみられる古代のレンガ「塼(せん)」(長さ約33センチ四方)の列も見つかった。

 一方、鎌倉時代の回廊は東西と北面が幅約4・7メートルの単廊で、南面だけが奈良時代と同様に複廊だった。奈良期、鎌倉期ともに外側の柱筋がほぼそろっており、回廊の規模は両時とも東西74メートル、南北85メートルだったと推定される。

 このほか、鎌倉時代の東門跡も見つかり、南門と同様に寺院などで用いられる格式が高い「八脚門」だったと判明。規模は東西約5メートル、南北約11メートルと推定され、南門よりやや小さかった。

 東大寺の東塔は治承4(1180)年に平家の南都焼き討ちで焼失。高僧・重源らによる鎌倉復興期に再建されたが、落雷で再び失われた。東塔を含む東塔院には回廊と東西南北の門があり、同時期に焼失、再建されたと推定される。

 調査を担当した南部裕樹・東大寺境内史跡整備計画室長は「鎌倉時代の再建時に、塔本体だけでなく回廊も含めた東塔院全体が大きく改造されたことが分かったことは大きな成果」としている。

 現地説明会は11日午前10時から午後3時。

 問い合わせは、東大寺、電話0742(22)5543。

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