考古学

下級役人・庶民の家? - 奈良時代後半小規模住宅 主家、倉庫、井戸も/平城京跡

小規模宅地跡で見つかった木枠で囲われた井戸=25日、奈良市西九条町4 拡大

 奈良市教育委員会埋蔵文化財調査センターは25日、同市西九条町4丁目の平城京跡から、奈良時代後半(8世紀中~後半)の小規模宅地跡が見つかったと発表した。下級官人や庶民の住宅と推定。宅地内の建物配置の全容が分かり、平城京の住宅事情を知る貴重な資料となるという。

 碁盤目状の平城京は東西方向の大路に区切られた範囲が「条」、南北方向の大路で区画された間が「坊」。さらに条坊の一画を16分割した区画は「坪(町)」(約135メートル四方)と呼ばれた。

 今回の調査地は「左京九条三坊五・六坪」に位置し、建物建設に伴い7月下旬から約3800平方メートルを調査。坪内を道路や溝で細分化した奈良時代後半から平安時代初めの小規模宅地が複数見つかった。

 このうち、調査地南側の五坪北東部では、坪内を16分割した1区画(東西約34メートル、南北約27メートル)を使った奈良時代後半の宅地跡を検出。掘っ立て柱塀や道路などで区切られ、北側に廂(ひさし)が付いた主屋(東西約9・8メートル、南北約4メートル)や付属建物2棟、倉庫、井戸(1メートル四方)があり、建物配置の全容が分かった。

 平城京では宅地は位階に応じて与えられ、三位以上は4坪、四、五位で1坪を支給。今回の宅地はそれより位の低い下級官人や庶民の邸宅とみられる。

 五坪は計5期にわたる建物変遷があり、奈良時代末以降は廂付き建物や倉庫は見られなくなった。

 このほか、北側の六坪では道路に面した門跡などを確認。五坪と六坪を区切る道路「左京九条条間南小路」も見つかった。今回の調査地から東へ約170メートルの地点で見つかった道路遺構と一致し、平城京南端に近い場所でも正確な条坊施工が行われていることが分かった。

 調査を担当した奈良市教委埋蔵文化財調査センターの吉田朋史主務は「1回の調査で小規模宅地内の建物の全容が判明する例は少なく、平城京に住んだ庶民の住宅事情を知る上で貴重な成果」としている。

 現地説明会は28日午前10時から午後3時まで。小雨決行。駐車場はない。

 問い合わせは奈良市教育委員会埋蔵文化財調査センター、電話0742(33)1821。

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