考古学

北池の平面の形判明 - 護岸一部階段状 飛鳥期の池で初/橿考研発表 飛鳥京跡苑池

全体的な平面の形が明らかになった北池=明日香村岡の飛鳥京跡苑池(県立橿原考古学研究所提供) 拡大
階段状に石が積まれていた北池の西岸=25日、明日香村岡の飛鳥京跡苑池 拡大

 日本初の本格的な宮廷庭園とされる、明日香村岡の飛鳥京跡苑池(7世紀、国史跡・名勝)で、北池の全体的な平面の形が分かり、県立橿原考古学研究所が25日、発表した。護岸の一部は階段状に石を積み上げていたことも判明。同研究所は「飛鳥時代の池で階段状の護岸が見つかるのは初めて」としている。

 飛鳥京跡苑池は7世紀中ごろに造られたと考えられ、南池と北池、水路などで構成される。

 復元整備に向けて、同研究所は2カ年計画で北池の発掘調査を実施。1年目の今年度は、護岸全周の検出と南半分の構造解明のため約2100平方メートルを調査した。

 池の規模は最大で南北約52メートル、東西約36メートル。平面は長方形状だが、北西部は湾曲し、北東隅は東に約3メートル張り出していた。護岸の一番高い所から池底までは4メートル以上の深さがある。ただ当時の水位は分かっていない。

 南岸と北岸、東岸の護岸は垂直に自然石を積み上げていた。南岸で高さ約1・9メートル。

 一方、西岸の大部分や北西岸、北東岸の一部は階段状に石を積んでいた。西岸は南端から約22メートルが階段状で9段分を確認。本来はさらに数段高く積まれていたと考えられる。

 また東岸から南岸、西岸にかけての裾部は池底をかさ上げして、池に向かって緩やかに傾斜する湾曲した岸に改修していた。これに合わせて南池から導水する木樋(もくひ)も付け替えていた。改修時期は7世紀後半ごろと考えられるという。

 南池をはじめ飛鳥時代の池は護岸を垂直に石積みしたものが基本で、北池のような階段状は類例がないという。

 鈴木一議主任研究員は「飛鳥京跡苑池が意匠の全く異なる二つの池で構成されることがより明確になった。これまで南池を中心に考えられていたが、全体で考える必要がある」と話す。

 現地説明会は27日午前9時半から午後3時まで。小雨決行(悪天候中止)。駐車場はない。

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