社会

宝蔵院流槍術創始者の坐像 興善寺檀家宅で発見 - 歴代院主の位牌も/奈良・興善寺で法要

宝蔵院流槍術の創始者・胤栄の坐像に手を合わせる山田静子さん(左端)と一箭さん(中央)、森田住職=21日、奈良市十輪院畑町の興善寺 拡大

 奈良発祥の古武道、宝蔵院流槍術の創始者・胤栄(1521~1607年)の坐像と歴代院主の位牌(いはい)が約150年ぶりに見つかり、21日、奈良市十輪院畑町の興善寺で法要が営まれた。興福寺子院だった宝蔵院に祭られていたとみられ、明治維新後の廃仏毀釈(きしゃく)で同院が壊された後、行方が分からなくなっていた。

 4月上旬に興善寺が同寺に安置された位牌を整理したところ、2代から5代までの宝蔵院院主の位牌を確認。さらに、今月8日、同寺の檀家(だんか)で、最後の院主・7代胤賀のひ孫にあたる山田静子さん(95)=大阪府箕面市=の自宅に、初代・胤栄の坐像と位牌などが保管されていたことが分かった。

 胤栄の坐像は高さ約24センチ、幅約31センチで塑像の可能性が高い。制作時期は不明だが、像を収めた厨子(ずし=高さ約50センチ)は背面に天保13(1842)年制作と記されていた。

 調査した幡鎌一弘・天理大学教授(宗教史)によると、奈良奉行を務めた幕臣・川路聖謨が嘉永2(1849)年に記した文書に「宝蔵院の稽古場の隅に元祖胤栄の像あり」と記述があり、幕末の稽古場を描いた絵図にも祖師像と歴代院主の位牌を安置した月影堂が見えるなど、今回の発見を裏付けている。

 山田さんによると、宝蔵院が破却された後、曽祖父の胤賀が坐像と歴代院主の位牌を自宅で保管。昭和の初めごろ、父親が2~5代の位牌を興善寺に預けたらしい。山田さんの自宅には胤栄の坐像と位牌のほか、画像も残されているという。

 この日、営まれた法要には、山田さんと歴代院主の子孫、宝蔵院流高田派槍術の伝習者ら約40人が参列。胤栄の坐像と位牌も持ち込まれ、歴代院主の位牌とともに供養された。

 興善寺の森田康友住職(45)は「宝蔵院とも関係が深い春日大社の式年造替の年に見つかるのは偶然ではなく、ご縁だと思う」。同槍術第21世宗家・一箭順三さん(67)は「今回の発見で宝蔵院流槍術の歴史の空白部分が埋まるかもしれない」と期待していた。

▼ 記事の詳細は本紙をご覧ください

購読のお申し込み

ウェブ限定記事

よく読まれている記事

  • 興福寺中金堂再建記念 現代「阿修羅」展 図録
  • 日本のふるさと奈良 回帰展 皇室ゆかりの地を撮る! フォトコンテスト
  • 奈良遺産70 奈良新聞創刊70周年プロジェクト
  • Tour guide tabloid COOL NARA

  • 奈良の逸品 47CLUBに参加している奈良の商店や商品をご紹介

奈良新聞読者プレゼント

企画展「中国文房具と煎茶」の招待券

鍍金魁星像 明時代 15世紀 泉屋博古館蔵
提供元:泉屋博古館
当選者数:5組10人
  • 12.9(土) 12.10(日)に開催 奈良マラソン2017
  • 出版情報 出版物のご購入はこちらから
  • バナー広告のご案内
  • 奈良新聞シニアクラブ
  • 奈良新聞デジタル
  • ならリビング.com
  • 特選ホームページガイド
  • 奈良新聞社 採用情報