考古学

木棺3基、物部氏に関連か - 6世紀中期の横穴式石室/天理・豊田狐塚古墳

豊田狐塚古墳で新たに見つかった横穴式石室=6日、天理市豊田町 拡大

 天理市教育委員会は6日、同市豊田町の豊田狐塚古墳で、6世紀中ごろの横穴式石室が見つかったと発表した。三つの木棺が納められていたとみられ、小型鏡や馬具、玉類など多数の副葬品も出土。周辺を本拠地とした古代豪族・物部氏の首長層を支えた有力者の墓と考えられるという。

 道路建設に伴い、昨年12月から約500平方メートルを発掘調査した。

 横穴式石室は南側に入り口があり、棺(ひつぎ)を納めた玄室(長さ約4・4メートル、幅約2・2メートル、高さ約2・2メートル)と通路部に当たる羨道(せんどう)の一部(幅約0・8メートル、長さ1メートル)を確認。側面には30~100センチほどの石材を7段程度積み、床面には直径5~10センチ程度の床石を敷き詰めていた。石材は花こう岩が多く天井石と側石の一部は失われていた。

 床面に木片が残存することから、少なくとも木棺3基があったと推定。奥壁より入り口付近の土器が新しく、同じ古墳で違う時期に別の人を葬る「追葬」が行われた可能性がある。

 副葬品は「旋回式獣像鏡」と呼ばれる小型鏡(直径9センチ)1点や金銅装飾を施した鉄製馬具数点、武器のほか、装身具に使われた水晶やガラス、土などの玉類が多数残存していた。

 同古墳は6~7世紀の大型前方後円墳や方墳のほか、150~200基の円墳が集中する石上・豊田古墳群に位置。南側には古墳時代中~後期に最盛期を迎えた集落跡「布留遺跡」があり、ヤマト王権の軍事を担った古代豪族・物部氏の本拠地だったとされる。

 直径約20メートルの円墳と推定される豊田狐塚古墳は、同古墳群の中でも墳丘、石室ともに有数の規模を誇る。ただ、同時期の首長層の墓は前方後円墳が多いという。

 調査を担当した天理市教委の石田大輔主査は「物部氏の氏神の石上神宮や布留遺跡を見下ろす高所で、それらを強く意識した立地といえる。物部氏の首長層を支える有力者の墓の可能性がある」としている。

 現地説明会は9日午後1時~同3時半。雨天の場合は10日に延期。会場の南に来場者駐車場がある。

 問い合わせは、天理市教委文化財課、電話0743(65)5720。

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