考古学

道鏡の旗ざお? - 平城宮跡に支柱跡/正月の儀式か

人が立つ場所が今回見つかった旗さおの支柱跡。背後は西宮の前にあった第1次大極殿の復元建物=6日、奈良市佐紀町の平城宮跡 拡大

 奈良文化財研究所は6日、奈良市佐紀町の平城宮跡で、正月の儀式などに使う奈良時代後半の旗ざおの支柱跡が見つかった、と発表した。称徳天皇(718〜770年)の宮殿「西宮」の遺構で、天皇に寵愛(ちょうあい)された僧・道鏡(どうきょう、〜772年)が、大臣らから正月のあいさつを受けたときに立てられた旗ざおの可能性があるという。古代の宮廷儀礼の様子を知る貴重な成果。

 遺構が見付かったのは復元された第1次大極殿から南へ約50メートルの場所で、1月から476平方メートルを学術調査していた。

 旗ざおの支柱跡とみられる穴(横約3メートル、縦約1〜1・2メートル、深さ約1メートル)は東西に5個、南北2列の計10個確認。東西の間隔は約6メートルで、南北列の間隔は約1・2メートルだった。それぞれの穴の中には約1メートル間隔で柱の抜き取り穴(直径約25〜30センチ)が三つあり、支柱を2本の脇柱で支える構造だった。

 過去の調査で見つかったものを含めると、各列に穴が7個並ぶことが判明。平安時代の法典「延喜式」によると、元日朝賀には「烏形(うぎょう)像」「日像」「月像」など計7本の旗を二丈(約6メートル)間隔で立てると定め、旗の数や間隔が調査成果と一致する。

 穴の埋土や規模の違いから、南北支柱列は別のときに立てられたと推定される。

 旗ざおは儀式の荘厳などのために立てられた。律令制が成立した藤原宮期に始まり、江戸時代まで宮廷儀式に残っていた。平城宮第2次大極殿院跡や長岡宮跡(京都府向日市)、藤原宮跡(橿原市)などでも遺構が見つかっている。

 歴史書の続日本紀によると、西宮では神護景雲3(769)年に道鏡が西宮の前殿で大臣らに正月のあいさつを受けたと記されている。

 このほか、直径5センチほどの石を5〜10センチの厚さで敷した礫(れき)敷の広場なども見つかった。

 奈良文化財研究所の海野聡研究員は「平城宮の西宮での旗ざおを立てた儀式が、考古学的に証明されたのは初めて。古代の儀式の様子を知る貴重な成果」としている。

 現地説明会は8日午後1時30分から行う。小雨決行。問い合わせは、同研究所研究支援課、電話0742(30)6736。

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