考古学

国内最古の「酔象」 - 興福寺旧境内から

興福寺旧境内から見つかった国内最古となる「酔象」駒=24日、県立橿原考古学研究所 拡大
国内最古となる「酔象」駒の赤外線写真(県立橿原考古学研究所提供) 拡大

 奈良市登大路町の興福寺旧境内で、将棋の駒としては国内最古となる平安時代の「酔象」駒が見つかり、県立橿原考古学研究所が24日、発表した。酔象駒は鎌倉時代の文献で登場するが、平安時代のものが出土するのは初めて。研究所は「将棋の起源や歴史的変遷などを明確にする上でも、重要な資料になる」としている。

 県庁東側の県営登大路観光駐車場のバスターミナル化に伴う事前調査で、南半分の約3000平方メートルを調査。

 平安時代の素掘りの井戸(深さ約3・7メートル)から、木製の将棋駒4点が見つかった。内訳は酔象(裏面は痕跡なし)▽桂馬(裏面は金)▽歩兵(同)▽判読不明―の各1点。

 酔象は長さ2・5センチ、残存幅1・5センチ、厚さ2センチ。ほかの駒もほぼ同じ大きさで、文字は墨で書かれていた。

 承徳2(西暦1098)年の年号が書かれた木簡が一緒に出土しており、時代が特定された。

 これまでの国内最古の酔象駒は、京都市の上久世城之内遺跡(14世紀中ごろ)のもので、今回の駒は300年近くさかのぼることになる。

 酔象駒は鎌倉時代の文献「二中歴」に登場。玉将の前に配置され、真後ろ以外の7方向に進むことができる。現在より駒数が多い「大将棋」や「中将棋」で使われたが、江戸時代までに廃れた。

 同じ興福寺旧境内では平成5年、今回調査地から西方約200メートルで、「天喜6(西暦1058)年」銘の木簡とともに国内最古とされる将棋駒15点が出土。一緒に「酔像」や「金将」などの文字を練習した木簡も見つかり、酔象駒が平安時代までさかのぼる可能性が指摘されていた。今回の発見は、それを裏付ける資料となる。

 調査地では10世紀までに、興福寺の子院観禅院が建てられたことが分かっている。調査を担当する鈴木一議主任研究員は「当時は識字層が将棋を遊んでいたと考えられ、僧や寺関係者が指していたのだろう」と話す。

 調査地は室町時代末に焼失した興福寺東円堂の推定地とされるが、近代の造成によって削平され、建物に伴う遺構は見つからなかった。

 現場は埋め戻して北側半分の調査に移るため、現地説明会は実施しない。

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